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終戦記念日。

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今日は、静かにお祈りをする日。

毎年ご紹介させて頂いている、
玉音放送の原文と口語訳の動画です。


御言葉にこめられたもの。
http://www.youtube.com/watch?v=LSD9sOMkfOo&feature=player_embedded


--------------------
<口語訳>
私は、深く世界の大勢と日本の現状を考えて、
特別な方法でこの事態を収拾しようと思い、
ここに忠義の気持ちを持った国民に告げます。

私は政府に米・英・中国・ソ連の四国に対して
ポツダム共同宣言を受諾することを通告させました。

もともと日本国民の安全と世界の共存を共にすることは、
わが歴代天皇の残した教えで私も大切にしていることです。

アメリカやイギリスと戦争をしたのも、
日本の自立とアジアの平和を願うからであり、
もともと他国の主権を侵したり、
領土に侵入することは私の気持ちではありません。

開戦以来すでに四年たち、わが陸海軍の将兵が勇ましく戦い、
役人たちが懸命に働き一億の国民が力を尽くし、
それぞれ最善をつくしたにもかかわらず、 
戦局はかならずしも好転しません。

世界の大勢もまた我々に利がないことを示しています。

その上、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、
罪のない人たちを殺傷し、その痛ましい被害ははかりしれません。

このまま戦争を続ければ最後にはわが民族が滅亡するだけでなく、
人類の文明をも破壊するでしょう。

もしそうなれば一億の国民を預かっている私としてどうやって
わが歴代天皇の霊に謝ることができましょう。

このことが私が政府に対し共同宣言に応じさせるに至った理由です。

私は、日本とともにアジアの解放に協力した国々に
申し訳なく思わずにはいられません。

日本国民で、戦地で死んだり職場で命を落とした人々と、
その遺族のことを思うと、悲しみで心が裂ける思いです。

また戦傷を負い、災難で家業を失った人々についても
私はたいへん心配しています。

考えると、これから日本が受けるであろう苦しみは
大変なものがあると思います。

国民の悔しい思いは私がよく知っています。

しかし私は時の運に従って、
堪え難きを耐え、
忍びがたきを忍んで、
後の世のために平和をもたらしたいと思っているのです。

私は日本の国家を譲ることができたので、
忠義で善良な国民の真心に信頼を寄せ、いつも国民と一緒にいます。

感情のままにみだりに事件を起こしたり、
国民同士が争って時勢を乱して、
そのために道を誤って世界の信用を失うようなことは、
私がもっとも戒めるところです。

国を挙げて子孫に伝え、神国の不滅を信じ、
任務は重く道は遠いことを思い、
将来の国の再建に向けて総力をあげ、
道義を厚くして志を堅くして、
日本のすぐれたところを更にたかめ、
世界の進歩に遅れないよう決意すべきです。

きみたち国民よ、私の気持ちを汲んで身をもって行いなさい。
--------------------




これまで、テレビなどでは決まって同じ箇所だけが流れていましたが、
今年は戦後70年を迎えるにあたって、
終戦を告げた昭和天皇による「玉音放送」の原盤と音声を宮内庁が公開したので、
全文を目にされた方も多いと思います。
この全文を読むと、心に染み入るものがあります。
70年前のこの日、この玉音放送を聞いている国民の当時の映像も、
この全文を知ってからは、気を引き締めて見るようになりました。

改めて感じるのです。
「玉音放送」は、やはりこの御心をお持ちの昭和天皇だからこそ、
こうして今も、国民の心に届くものであったのだと。
そしてこれは昭和天皇の国民への遺言だったのだ、と。



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終戦の玉音放送関係
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taisenkankei/index.html
昭和20年8月14日,昭和天皇には「大東亜戦争終結に関する詔書」を2回にわたってご朗読,録音が行われました。このうち,2回目の録音盤(2枚組,3枚組,2セット計5枚)が正本として昭和20年8月15日正午からラジオ放送され,放送終了後は,大切に保管されてきました。
戦後70年の節目に当たり,70年振りに玉音放送用の録音原盤の再生を試みたところ,直接,昭和天皇のお声の再生に成功,録音することができました。


終戦の玉音放送
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taisenkankei/syusen/syusen.html
===========




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by Lisa_cerise | 2015-08-15 06:00 | 日本への思い

安倍首相談話全文。

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発表前には、これまでの談話と変わらないとか言われていたので、
ドキドキしながら、聞いておりました。
TVでは「言った、言わない」をボートでチェックしながら、
あれこれ言ってましたし、ネットでも批判も多いようですが、
私は良かったと思います!
戦後70年の節目に、あの売国民主党が政権与党でなくて良かった、
暗黒のあの3年を思い返し、改めてホッとしました。

↓以下参考のため引用---------------------------
【戦後70年談話】
首相談話全文

http://www.sankei.com/politics/news/150814/plt1508140016-n1.html
2015.8.14 18:03更新
 戦後70年の安倍首相談話の全文は以下のとおり。

 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

 しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

 平成二十七年八月十四日

 内閣総理大臣 安倍晋三
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↑ここまで------------------------------------------




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by Lisa_cerise | 2015-08-14 23:43 | 日本への思い

皇后さまのストレス軽減策が発表される。

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皇室にとって、一番大切であるもの。
その祭祀の事は一切書かれていない、この発表は何でしょうか。
ただの一言も触れられていないんですよ。

ひょっとして。
「公務に尽くされてきたこと」によるストレスは
祭祀ということになるのでしょうか。

↓以下参考のため引用---------------------------
皇后さま、ストレス軽減へ…宮内庁
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150813-OYT1T50121.html?from=ytop_ylist
2015年08月13日 21時47分
 宮内庁の風岡典之長官は13日の定例記者会見で、ストレス性の心筋虚血の疑いがあると診断された皇后さまについて、公務に尽くされてきたことが影響しているとの見方を示し、ストレス軽減のための対応方針を示した。
風岡長官は、皇后さま自身は普段の活動が負担やストレスになるとは話されていないとしつつも、長年公務に心を砕かれてきたことによる「体への影響は当然あると考えている」と、事務方としての見方を述べた。

 その上で、〈1〉日程の組み方を工夫して行事の間隔を空けるなど、活動や日常生活できめ細かい配慮を行う〈2〉音楽や絵画など私的活動にあてる時間を増やす〈3〉体調を注意深く観察し、変化を早期に把握するよう努める――と対応策を説明。ただ、公的行事の数自体を減らすことについては、「直ちには考えていない」とした。
↑ここまで------------------------------------------

祭祀以外は公務を減らされるのならまだ分かるのですが、
この発表の内容は、何だかよく分からないですわ。
しかも公務を減らさずに!?
では、何を減らされる、というのでしょうか。

これまででも頻繁にお出ましだった、
音楽やらの鑑賞を更に増やされるんですね、、、。
お好きな鑑賞だと、もちろんストレスもないし胸の痛みもないでしょうけど。
お年のこともありますし、
お好きな鑑賞をなさるのはいいと思います。
でも。
赤十字総裁も次代にお譲りになられない、ということですよね。
病気療養中と体調の波とやらでお休み続きの方ではなく、
紀子さまというしっかりとした副総裁がいらっしゃるというのに、ですよ。

長崎の原爆記念日に検査しますと発表されたときにも、
検査結果を受けてから、異常があれば発表でいいのにどうしてわざわざ?
と思ったものでした。
結果は、やはり投薬の必要もなく、ストレスによるものであろう、というもの。
それでも東大病院へは天皇陛下がお迎えに行かれるし、
もう、何だかなぁ、、、と。
皇太子さんが犬よりも後ろの荷物席に押しやられる映像を見ると、
腹立たしい思いがするんですけど、
天皇陛下が東大病院お迎えの映像も、かなりのものでしたわ。

その検査というのも。
>皇后さまは6月末頃から「ずんとする胸の痛み」を訴えられるようになり、
>当初は週に数回程度だったものが徐々に増加。
>1日に複数回症状が出るようになったため

こういう症状が出てのもの、でしたよね。
ただ、そのCT検査は発表から随分と先のことで、
緊急を要するものではないと言われてはいましたし、
結果も投薬の必要なし、というもの。

対応策によれば、
鑑賞系公務だとその「ずんとする胸の痛み」は来ない、ということですよね。
私的活動にあてる時間を増やすくらいですから。

そもそも。
皇太子さんのオペラ鑑賞もですが、
趣味の音楽鑑賞であっても公務っておかしくないですか?
お帽子もおかしいし、
ローマ法王を彷彿させるマントもおかしい。
もっとおかしいことのあれこれ。
ひょっとして。
歴代皇后が受け継いで来た三連ダイヤモンドのネックレスとか、
見事なティアラとか、
どこへ行ったんですか?
という疑問も含め、
これはネットからの声封じ込め策の一環でしょうか。


いずれにせよ、これからは、
皇后陛下がお出ましになられるときには、
鑑賞系公務以外は、「ずんとする胸の痛み」に苦しまれていないか、
ハラハラしながらのお出迎えになりますね。



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by Lisa_cerise | 2015-08-13 23:58 | 皇室

許すまじ、鳩山由紀夫。

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当然ながら、更に言って来てますよ(怒)

↓以下参考のため引用---------------------------
安倍談話 歴代内閣の歴史認識継承を=鳩山元首相
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/08/12/2015081200679.html
2015/08/12 09:02
【ソウル聯合ニュース】鳩山由紀夫元首相は12日までに聯合ニュースのインタビューに応じ、安倍晋三首相が14日に発表する戦後70年談話(安倍談話)について、日本の過去の植民地支配と侵略を謝罪した「村山談話」に書かれている言葉を「心から尊重して述べることが大事だ」と強調した。


 鳩山氏は光復(8月15日、日本による植民地支配からの解放記念日)70周年を迎え、ソウル市内で開かれる「東アジア平和国際会議」に出席するため韓国を訪問した。


 鳩山氏は村山談話の四つのキーワードである植民地支配と侵略、反省、おわびを「(安倍首相が)心の底から理解して談話として発表することが望ましい」との考えを示し、村山談話など歴代内閣の歴史認識を継承する姿勢を示す必要性を強調した。その上で、「安倍首相が村山談話も河野談話も見直したり検証したりしようとした事実があるだけに、本当に心から村山談話を尊重しているかどうか疑問を持つ人も多い」として、「かつて話したことで疑われている部分を打ち消すようなメッセージも必要だ」と述べた。


 また、戦後70年を迎えるものの対立が深まりつつある韓国と中国、日本の3カ国関係に関して、「首脳会談さえ開かれない状況にまでなってしまったのは大変大きな問題」と指摘。「日本側の指導者にすべてとは言わないが、かなりの責任が存在している」との認識を明らかにした。特に、「日本の指導者に欠けているものは過去の歴史的な事実を直視する勇気を持てないこと」として、「傷つけられた方がこれ以上、謝る必要はないと言うまでは常に謝罪する気持ちを持ち続けることが大事だ」と話した。


 慰安婦問題については、「何も解決されていない」と指摘。「人権・倫理問題としてとらえ、日本側が何らかの新しい措置を考えていくことが必要だ」として、「(韓国人の慰安婦被害者が)47人しか生きていないため、早く解決しないといけない」と強調した。


 ただ、韓国政府が慰安婦問題の進展を両国首脳会談の事実上の前提条件として掲げていることに関しては、「日本に心を開き、慰安婦問題も首脳会談の中で進展させていく気持ちになってもらうと、その気持ちが安倍首相を動かすかもしれない」と提言した。両国関係を正常化するための糸口についても、「やはり早く首脳会談を実現させることが大事だ」と述べた。


 安倍政権が日米同盟の中で日本の軍事的な役割を拡大しながら追求している「戦後レジーム(体制)からの脱却」については、「日本の役割は日中間で軍事的な緊張感を高めることではなく、対話で緊張感を和らげていく方向に外交努力を変えていく必要がある」との考えを示した。


 鳩山氏は13日に開かれる東アジア平和国際会議で基調演説し、韓国の李洪九(イ・ホング)元首相と平和宣言を朗読する。12日には植民地時代に独立運動家らが収監されていたソウル市内の西大門刑務所の跡地を訪れる。鳩山氏は「拷問など厳しいことを行い、(独立運動家の)柳寛順(ユ・グァンスン)のような若い女性の命を奪ったことに対し、おわびの気持ちを捧げてまいりたい」と述べた。
↑ここまで------------------------------------------

映像はこうしてしっかり報道されているんですから(怒)
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イオン岡田が韓国に行って発言するのにイラっとしていたのに、
この鳩山由紀夫!!!
もう!!
どうして出国させたんですかっ。
日本に帰って来ないで!

しつこいようですが
二度とこのような人物が首相にならないように、
日本人は騙されてはいけません。


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by Lisa_cerise | 2015-08-13 08:04 | 売国政党民主党

鳩山元首相がひざまずいて謝罪。

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こんな人でも日本国の元総理なんですよね。
情けない・・・。


一刻も早く、外患誘致罪の適用を!!

↓以下参考のため引用---------------------------
ひざまずいて謝罪 韓国で鳩山元首相
http://www.sankei.com/world/news/150812/wor1508120035-n1.html
2015.8.12 16:24更新
 【ソウル=名村隆寛】韓国を訪問中の鳩山由紀夫元首相は12日、ソウル市内にある西大門刑務所の跡地(西大門刑務所歴史館)を訪問した。同刑務所は、日本の朝鮮半島統治時代に独立活動家らが収監されていた場所で、韓国では“抗日”の象徴。現在は独立活動家らの「苦難の歴史」が、写真や資料で館内に展示されている。
 30分あまりにわたって館内を見学した鳩山氏は、独立活動家らをしのぶモニュメントに献花した。さらに、鳩山氏は靴を脱ぎ、膝を屈したうえ、モニュメントに向かって手を合わせ、ぬかずいた。
 この後、記者会見した鳩山氏は、「元日本の総理として、ひとりの日本人、人間としてここに来ました」と述べた。その上で、「日本が貴国(韓国)を植民統治していた時代に、独立運動家らをここに収容し、拷問というひどい刑を与え命を奪ったことを聞き、心から申し訳なく思っている。心から申し訳なく、おわびの気持ちをささげていきたい」と謝罪の言葉を繰り返した。

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モニュメントに献花し、膝をついて合掌する鳩山元首相=ソウルの西大門刑務所跡地(名村隆寛撮影)
↑ここまで------------------------------------------

こんなトンデモ人物が首相になった事を忘れてはいけません。
マスコミによる、異常な民主党ageはついこの前でした。
今もマスコミは頑張ってますよ!
二度と騙されてはいけません。

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by Lisa_cerise | 2015-08-12 23:04 | 売国政党民主党

占領政策の真実、間違いに気付いていたマッカーサー。

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知ってた、と思われるかもしれませんが。

この情報を知ってる人には当たり前のことでも、
知らない人はまだまだ多いというのが現実なんですよね。

日本人全員にこういった史実や公開文書の存在を知らせる事が
一番大切だと思います。
おかしな左巻きを無くすには、まずここから。

↓以下参考のため引用---------------------------
【戦後70年と私】占領政策の真実 間違いに気付いていたマッカーサー ケント・ギルバート氏
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150807/dms1508071550004-n1.htm
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150807/dms1508071550004-n2.htm

2015.08.07
 70年前の終戦直後、日米関係は、お互いが完全な対立軸からスタートした。

 米国は、大日本帝国とは、軍国主義の独裁者が神道という宗教を利用して国民を統率する、非民主的国家であり、世界征服をたくらむ野蛮で好戦的な民族の国だと考えていた。

 日本の占領政策、言い換えれば「保護観察処分」は、危険な日本を制度面と精神面の両方から矯正する趣旨で始まった。

 東京裁判(極東国際軍事裁判)を通じたABC級戦犯の処罰や、戦争の贖罪(しょくざい)意識を植付ける「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」、日本国憲法第9条も一貫した趣旨に基づいている。

 しかし、朝鮮戦争が起きたころには、GHQ(連合国軍総司令部)最高司令官のマッカーサー元帥は、根本的な間違いに気付いていた。米国が戦うべき敵は日本ではなく最初からソ連であり、日米戦は不必要だったのだ。

 強い日本軍が、野蛮で危険なソ連の脅威からアジアの平和を守っていた。米国は間抜けな勘違いのせいで、日本軍を完全に解体してしまった。これが今日まで続く、米軍日本駐留の根本原因である。

 最高司令官を解任されて帰国したマッカーサー元帥はワシントンに呼ばれ、1951年5月3日、米国議会上院の軍事外交合同委員会で証言した。

 「Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security(=日本が戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだった)」と。

 日本が始めた大東亜戦争は侵略戦争ではないという意味だ。戦後体制の大前提を根底から覆す、このマッカーサー証言の存在すら知らない人が日米両国とも圧倒的多数である。

 占領下の日本には「プレスコード」(=GHQによる言論統制。『連合国や連合国軍への批判』など禁止事項を厳格に列記した)があったので、このニュースを取り上げることはできなかった。

 しかし、終戦70年を目前にした現在も、日本の首相経験者や与野党の要職者が、「安倍晋三首相は70年談話で日本の侵略戦争をわびろ」などと、無知蒙昧(もうまい)ぶりを披露している。

 70年間に、日米ともさまざまな機密文書が公開され、過去の多くの常識が、今では非常識になった。

 開戦前の日米和平交渉の経過や、当時のルーズベルト大統領が議会承認を得ずに「ハル・ノート」という最後通告を日本に突きつけた事実は、米国人にも隠されていた。

 ハル・ノートの草案を書いたハリー・ホワイト財務次官補は、後に「ソ連のスパイ」だとバレて自殺した。日米開戦支持の議会演説を行ったハミルトン・フィッシュ下院議員は、すべての真実を知って大激怒。自分の演説を恥じ、「ルーズベルト大統領を許せない」と死ぬまで言い続けた。

 戦後70年の節目を機に、日本人のみなさんには、日米関係のみならず、国際情勢全般について、最新情報へのアップデートをお願いしたい。
↑ここまで------------------------------------------


そして、かの国と言えば。

↓以下参考のため引用---------------------------
トルーマン大統領が長崎への原爆投下を後悔、米国が書簡公開・・韓国ネットは「後悔すべきではない」「原爆が無ければ韓国は…」
http://www.focus-asia.com/socioeconomy/photonews/426011/
http://www.focus-asia.com/socioeconomy/photonews/426011/2/
2015年08月12日
韓国・聯合ニュースは11日、米国のトルーマン元大統領が1945年8月9日の長崎への原子爆弾投下を承認した直後、後悔する心境を示した書簡が公開されたと伝えた。

記事によると、書簡はトルーマン大統領が長崎への原爆投下を承認後に民主党のリチャード・ラッセル上院議員に送ったもの。米国立公文書記録管理局が第二次世界大戦終結70周年に合わせ、10日に公開した。

トルーマン元大統領は書簡の中で、「個人的には、一国の指導者の“強情”のために集団を全滅させる必要性があるのか、明らかに後悔している」と心境を吐露していた。また、「一つ言っておくが、私は原爆が全体に必要でない限り、使用しない」と日本を降伏させるためにやむを得ない措置であることを強調。さらに「ソ連が戦争に介入すれば、日本は非常に短期間で降伏するだろう」とも記していた。

トルーマン元大統領は「私の目的は、できるだけ多くの米国人の命を救うこと」とする一方、日本に対しては「日本の女性と子供たちには人間として同情を感じている」「私は日本が非常に残酷で野蛮な戦争国家だと知っている。だが、我々も彼らと同じように行動しなければならないとは思わない」と複雑な心境を抱いていることを明かしている。

書簡を送られたラッセル議員は、原爆投下2日前の8月7日にトルーマン大統領に、「もし我々が、(日本を無条件降伏させるのに)十分な数の原爆を保有していないなら、原爆ができ上がるまで、TNT爆弾でも焼夷弾で攻撃を続ける必要がある」などと、日本への徹底的な攻撃を促す電報を送っていた。

一方、トルーマン元大統領の孫のクリフトン・トルーマン・ダニエル氏は今年6月、聯合ニュースのインタビューに対し「祖父のトルーマン大統領は広島と長崎の原爆被害の惨状に大きな衝撃を受け、このために朝鮮戦争時に原爆を使用しなかった」と証言している。

この報道に対し、韓国ネットユーザーからは様々なコメントが寄せられている。

「凶悪な戦争犯罪を起こして知らないふりで通す安倍を中心とした極右日本は人間ではない」

「トルーマンが後悔してるとしても、我々やアジア諸国はおかげで独立できた」

「原爆がなければ、韓国は独立できなかった。いまだに日本の植民地で奴隷にされていたらと思うとゾッとする」

「後悔すべきではない。人類を救った行動だった。日本は原爆がなかったら世界中でもっとひどい戦争犯罪を起こした」

「日本は負けると知りながらも、自国民を特攻隊として戦わせ、沖縄で陸地戦もいとわなかった。国民の命を大切にしなかった」

「世界で最も残酷な日本人。いつまた牙をむくか分からない」

「原爆は後悔して当然。だが、原爆がなかったら日本は自国民と他国民を死に追いやり続けたはず」

「日本は今も野蛮な国家」

「原爆が落ちても戦争犯罪を反省しない日本」

「戦争が起きたら、最大の被害者は女性と子供。日本国民はこの事実を忘れてはならない」

「米国は反省をするが、日本はいっさいしない」
↑ここまで------------------------------------------

>トルーマン元大統領は「私の目的は、できるだけ多くの米国人の命を救うこと」

プルトニウム型とウラン型を使って人体実験をしたくせに何を(怒)、、、
と、読み進めるとこれですから。
(トルーマンに対してはあえてここでは言及しないでおきます。)
これぞ韓国人。
もうね、分かり合えるとかは無理なんです。
こういうこともしっかりと知って欲しいです。



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by Lisa_cerise | 2015-08-12 16:48 | 日本への思い

雅子さまのお世話係新トップ就任で美智子さまのご負担軽減になる、とか。

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これって、次代への布石ってことでしょうか。

↓以下参考のため引用---------------------------
雅子さまのお世話係新トップ就任で美智子さまのご負担軽減に
http://www.news-postseven.com/archives/20150812_341088.html
2015.08.12 07:00
「心筋虚血」の疑いがあると診断された皇后美智子さま(80才)。6月末頃から胸の痛みを訴えられ、7月24日に心電図検査を行ったところ、今回の所見が認められた。

 お体を心配する声も多いなか、戦後70年の節目となる今年、これまで以上に強い思いとともに公務をこなされてきた美智子さまだが、永らく1つの心配事を内に秘められてきた。2004年7月に宮内庁が“適応障害”と発表してから、11年にわたって療養生活を送られている雅子さまのことだ。

「美智子さまのご年齢やご体調を考えても、今後、雅子さまへ期待される役割は大きい。本格的な公務復帰への道筋が不透明ななか、なんとか雅子さまをサポートできる体制を、とずっと願われてきたのです」(宮内庁関係者)

 そんな美智子さまの思いと重なるように、7月31日、雅子さまのお世話係のトップである東宮女官長に、西宮伸一元中国大使夫人の西宮幸子さん(58才)が就任することが閣議決定された。

 女官長は、基本的に雅子さまのすべての公務に同行し、かつTPOに合わせて雅子さまの振る舞いやお召し物のアドバイスもするという、経験や知識を求められる重要な役回りだ。

「海外での公務もあるため、必然、外交官夫人など海外経験豊富なかたが務める傾向にあります。加えて昼夜を問わず雅子さまにお仕えするため、独身で、子供も独立しているといった暗黙の条件もあるんです」(東宮職関係者)

 実際、前任の木幡清子さんは、シリア大使だった木幡昭七さんの未亡人。西宮さんの夫も、2012年に急逝している。

 ところが、2011年に木幡さんが退任して以降、実に4年半もの間、東宮女官長の席は空いたままだった。皇室ジャーナリスト・神田秀一氏はこう解説する。

「女官長に4人の女官が加わった5人が雅子さまのお世話をするというのが本来の体制です。それに反して女官長のポストが4年半空席というのは異例中の異例のことでした。しかし、雅子さまのご活動自体が少なかったために、大きな支障はないままきてしまっていたのです。一方で、雅子さまが本格的に公務に復帰されるとなれば、人手が足りなくなることが容易に予想されていました。そのため喫緊の新体制が求められていたのです」

 今年5月には、こどもの日の公務を両陛下から引き継がれ、7月に皇太子さまと訪問されたトンガでは、当初予定されていなかった在留邦人との懇談にも急遽出席された雅子さま。確実に快方へと向かわれている。神田氏が続ける。

「雅子さまが公務に積極的になられ、かつその雅子さまを支える女官たちの体制も整いました。美智子さまにとっても、長年の気がかりが払拭され、ご安心なさっているのではないでしょうか」

 雅子さまへのサポート体制こそ、美智子さまへのサポートにつながる。

※女性セブン2015年8月20・27日号
↑ここまで------------------------------------------

>永らく1つの心配事を内に秘められてきた。
なんとか雅子さまをサポートできる体制を、とずっと願われてきた
皇后さま、心配事はそこ、ですか・・・。
それよりも、国民の不安を払しょくするサポートのほうを願って頂きたいです。

>「雅子さまが公務に積極的になられ、かつその雅子さまを支える女官たちの体制も整いました。美智子さまにとっても、長年の気がかりが払拭され、ご安心なさっているのではないでしょうか」

ちょっとトンガへ行けたから、というだけで、
雅子さまが公務に積極的になられた、って言われましても。
ねぇ。

嫌な予感がまた・・・。
「雅子さまは皇后になった途端、元気になられる」と
かつて西尾先生が仰っていたことが脳裏を霞める・・・。
何たって、か弱き雅子さまはとってもとってもお元気なんですから。



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by Lisa_cerise | 2015-08-12 16:17 | 東宮家。雅子さま。

あれから30年。

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520人もの人がお亡くなりになった日航機墜落事故。
あれから30年が経ちました。

30年前のあの夜。
ニュース速報で見たカタカナの名前に、
ぞっとして、、、。
みんなで、ただただ祈っていたあの夜。

奇跡の4人が救出された時には、
きっとまだあそこで生きているに違いない、
みんなで希望を抱いて、、、。

家族ぐるみで親しくさせて頂いていたお姉ちゃん。
海外留学から久し振りに日本に帰国し、
あの飛行機に乗られたのでした。
キャンセルが出て一便早い時間のチケットが取れたから、と。
少しでも早く家族に会いたいから、と。

みんな、助かると信じてライフジャケットを着ていたのに、、、。
旋回し続けた30分以上もの間、どれほどの恐怖だったのかと。

あの日。
お別れの日も、
暑い暑い日でした。
お葬式には、それは多くの人が参列して、、、。

優しくて気が利いて勉強も良く出来る人で。
これからの輝く未来があった人で。
どれほど、悔しかったことでしょうか。
でも。
あの時から止まったまま、
家族の方達の生活はガラッと変わってしまって。

当時、芦屋大丸からは黒のストッキングが売り切れたと聞きました。
○○さんの社長さんは、乗り遅れて新幹線に飛び乗っていて助かった、
良かった良かった、
そう聞くと、胸の奥がきゅっと締め付けられるような思いがしたものです。

腕時計も動いていて。
外国からのお土産の陶器の可愛い置物も割れず。
奇跡的に助かった方のあの日の手記を読むと、
まだ、生きていた人が他に何人かはいた、と。
どうしてもっと早く助けに行って貰えなかったのか、、、。
米軍からの支援要請を受けていたら、ひょっとして。
何年経ってもそう思ってしまう日です。
あの場所では仕方がない、そう分かっていても。

圧力隔壁の修理ミス。
でも、ボーイング社の修理担当が日本に来てくれない、
修理担当の名前は公表出来ない、となったあの時にも。
こんな大惨事だというのに協力しないなんて、
強く言えないなん日本はこれだから、
そう思うと悔しくて仕方がありませんでした。
多くの人が犠牲になった事故なのに、不起訴とは、、、。


幼い私を可愛がってくれた人でした。
今も優しい声と笑顔しか思い浮かびません。
何年経とうとも、忘れずにいますから。



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by Lisa_cerise | 2015-08-12 15:37 | 気持ち

ほっとしたり、ヒヤヒヤしたり、あれこれ。

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心配していたのですが、退院されたんですね。
良かったです!!

↓以下参考のため引用---------------------------
常陸宮さま 退院
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150811/k10010185901000.html
8月11日 14時09分
天皇陛下の弟の常陸宮さまは、発熱の症状が見られたため、東京都内の病院に入院していましたが、
体調が回復したことから、11日退院されました。
常陸宮さまは先月31日、37度台から38度台の発熱の症状がみられたため、東京・渋谷区の病院に入院されました。
宮内庁によりますと、常陸宮さまは肺炎と診断されましたが、病状は比較的落ち着いて推移し、
点滴や投薬などによって平熱に戻るなど体調が回復したということで、11日午前、11日ぶりに退院されました。
常陸宮さまは、妃の華子さまとともに、来週から2週間余り栃木県の那須で静養される予定だということです。
------------------------------------------
常陸宮さまが退院=肺炎の症状回復
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150811-00000048-jij-soci
時事通信 8月11日(火)12時13分配信
 宮内庁は11日、発熱のため7月31日から日本赤十字社医療センター(東京都渋谷区)に入院していた常陸宮さま(79)が、肺炎の症状が回復したため、11日午前に退院されたと発表した。
 常陸宮さまは天皇陛下の弟。
 同庁によると、入院当初に38度台の熱とせきの症状があり、検査で肺炎と診断された。点滴や投薬による治療の結果、症状が回復したという。 
↑ここまで------------------------------------------
※ヤフコメ付きです。⇒http://headlines.yahoo.co.jp/cm/main?d=20150811-00000048-jij-soci


そして。
安心安定の秋篠宮両殿下です。
それにしても、お忙しい。。。
↓以下参考のため引用---------------------------
秋篠宮ご夫妻、ブラジル移住関連施設を視察 神戸
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201508/0008295165.shtml
2015/8/11 19:10
 日本とブラジルの外交関係樹立120周年に合わせ、10月から11月にかけてブラジルを訪問される予定の秋篠宮ご夫妻が11日、大阪空港経由で神戸入りし、ブラジルへの移住の歴史を伝える神戸市中央区の「市立海外移住と文化の交流センター」を視察された。

 同センターは、神戸港から海外移住する人たちが出港前に滞在する場所として、1928年に建設された国立移民収容所(その後、神戸移住センターに改称)を博物館として再整備し、2009年に開設された。

 秋篠宮ご夫妻は、同センターの常設展を監修した中牧弘允・国立民族学博物館名誉教授の説明を受けながら、海外移住の歴史を伝えるパネルや展示物を見て回られた。秋篠宮さまは説明にうなずきながら、大正から昭和初期の神戸の写真に目をとめ、紀子さまと小声で感想を話し合われていた。

 ご夫妻は同日午後、帰京された。(森本尚樹)
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------------------------------------------
秋篠宮ご夫妻 移住施設視察
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kobe/2024037361.html
08月11日 19時27分
秋篠宮ご夫妻は、40年あまりにわたって日本からブラジルなど海外へ移住する人たちの拠点となった
神戸市の施設を視察されました。
秋篠宮ご夫妻は11日午前11時すぎ神戸市中央区にある「神戸市立海外移住と文化の交流センター」に到着されました。
この場所には、昭和3年に日本から海外へ移住するための拠点となる施設がつくられ、
その後40年あまりの間におよそ20万人の日本人がブラジルなど南米の国々に移住しました。

 施設は6年前に移住の歴史などを伝えるセンターとして整備され、
ご夫妻は当時の施設の写真や移住者を送り出した神戸港とその周辺の地図などをご覧になりました。
ご夫妻は、展示1つ1つの特徴についてメモを取るなどして熱心に説明に耳を傾けられたということです。
↑ここまで------------------------------------------


これはいかがなものかと思ってしまった記事。

皇后さまは投薬もなしで経過観察だったのですから、
心配するのは天皇陛下のこと。

天皇陛下は心臓手術もなさったことですし、
お身体に触りますから、
エアコンはお使いになって下さい。
お願いですから!!!

↓以下参考のため引用---------------------------
美智子さま エアコン控えめ生活によるご負担を心配する声
http://www.news-postseven.com/archives/20150810_341022.html
2015.08.10 07:00
 うだるような暑さのなか、皇后美智子さま(80才)のご公務は多忙を極めている。8月3日のイタリア首相夫妻との懇談、5日の日本赤十字社の記章授与式、11日は広島交響楽団の「平和の夕べ公演」をご鑑賞、そして15日には全国戦没者追悼式に出席される。徐々に頻度が増す胸の痛みを抱えられてなお、ご公務をお取りやめになる予定はない──。

 宮内庁が、美智子さまに「心筋虚血」の疑いがあると発表したのは、7月29日のことだった。6月末頃から胸の痛みを訴えられ、7月24日に心電図検査を行ったところ、今回の所見が認められた。

「心筋虚血とは、動脈硬化などによって心臓の冠動脈の血流が悪くなり、心臓を動かす筋肉が血液不足に陥ることをいいます。血液が不足した状態が続けば、狭心症や心筋梗塞といった重大な心疾患につながる危険性もあり、とくに高齢のかたにとっては楽観視できない症状でもあります」(医療関係者)

 天皇陛下も、2011年の定期検診で心筋虚血の症状が見られ、翌年心臓のバイパス手術に踏み切られた。美智子さまは8月9日に東大病院での精密検査を受けられる。そして、ある宮内庁関係者は「ご体調が芳しくないなか、御所での生活ぶりが、さらなるご負担になってしまっているのではないか」と危惧する。

「記録的な暑さが続く今夏の東京において、両陛下は極力エアコンを使用されない生活を続けられています。両陛下はこの厳しい暑さのなか、扇風機のわずかな涼をとって生活されているのです。

 きっかけは東日本大震災でした。両陛下は千代田区の計画停電の時間に合わせ、1日約2時間、照明や空調を使用しない“自主停電”を実践されていました。それから4年経った今でも、冬場の暖房はもちろん、夏場のエアコンの使用も控えていらっしゃるのです」(宮内庁関係者)

 周囲を緑に囲まれ、比較的風通しがいい御所にお住まいとはいえ、近年の酷暑は美智子さまのお体には大変堪えるだろう。

※女性セブン2015年8月20・27日号
↑ここまで------------------------------------------


いつものように女性週刊誌は「~ではないでしょうか。」と
人気の佳子さまを絡めたいう記事を書いてます。
でも、、、。
愛子さまは???
皇后さま、愛子さまのことはどうお思いなんでしょう。
皇后さまはこういった記事もすべて目を通されているんですし、、、。

↓以下参考のため引用---------------------------
戦後70年」の節目に――
美智子さまと佳子さま、祖母から孫への「経験と記憶」の継承

http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/16688
2015年08月06日(木) 16時00分
〈週刊女性8月18・25日号〉
「昨年の8月下旬、両陛下は長野県軽井沢と群馬県草津でご静養を予定していました。軽井沢では、お忍びで同地を訪れていた秋篠宮ご夫妻と悠仁さまも合流される計画でしたが、広島県の豪雨被害で中止になりました。そこで美智子さまは、今年こそ、昨年も予定していた軽井沢の大日向開拓地に佳子さまや悠仁さまをお連れして、戦争に翻弄された人たちの生の声を聞いてほしいと思われているはずです」(両陛下に近い関係者)

 8月の終わりごろ、実は公務以外にも美智子さまにとって大切なお出ましがに予定されている。大日向開拓地は、開拓移民団として1940年ごろまでに旧満州に渡り、終戦後に軽井沢に入植した大日向村(現在の佐久穂町)の住民764人が開拓した地域。

 戦後、昭和天皇も訪問し、皇太子時代の陛下や美智子さまもたびたび訪問されている。美智子さまにとり、軽井沢は陛下と出会った「思い出」の場所であり、心をお寄せになる人々が住む特別な場所だ。

「両陛下は大日向への思い入れが強く、幼い礼宮(秋篠宮)さまや紀宮さま(黒田清子さん)を夏の間、現地の保育園へ通わせていたこともあったほどです」

 そう話すのは長年、皇室を取材するジャーナリストで、文化学園大学客員教授の渡辺みどりさん。

「美智子さまは戦後60年の節目の那須静養中に、満州からの引揚者が切り開いた千振開拓地に眞子さまを同行させたように、今回は佳子さまや悠仁さまを大日向にお誘いになるつもりだったかもしれませんね」(渡辺さん)

 そんな「平和の教え」を、ご自身の不調で中止することになれば、美智子さまはさぞ残念な思いをされることになるだろう。折しもこの夏は、皇太子ご夫妻の長女・愛子さま(13)が両親に連れられ、都内にある『昭和館』で、終戦を迎えた激動の1945年の様子を紹介する特別展などをご覧に。

 佳子さまも『はがきで綴る戦争の記憶─千の証言展』を訪問し、戦争体験を活字や映像で記録するプロジェクトに寄せられた、はがきや証言にまつわる品物をご覧になっている。さらなるお出ましがあることを明かすのは、秋篠宮家関係者。

「佳子さまと悠仁さまは8月中に、皇太子ご一家が見学された『昭和館』の訪問と、沖縄戦に関連した式典にも出席することを検討しているとのことです」

 かつて、経験と記憶の「継承」の大切さを訴えられたこともある美智子さま。「戦後70年」の節目に、皇室の若い世代にお伝えしたいことがあるなか、どのような胸中なのか─。”胸の痛み”についても、検査結果が大事とならず、2年ぶりの軽井沢のご訪問が実現することを祈るばかりだ。
↑ここまで------------------------------------------



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by Lisa_cerise | 2015-08-11 23:58 | 皇室

皇太子ご一家のご静養と、精神科医による雅子妃擁護記事と。)※追記あり。

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静養ご一家は毎年恒例の那須御用邸へ。
皇太子ご一家って、終戦記念日だとか、お盆だとか、
関係ないんですねぇ。
↓以下参考のため引用---------------------------


皇太子ご一家、須崎御用邸で静養
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2560862.html
 皇太子ご一家は須崎御用邸での静養のため、午後4時前、静岡県の伊豆急下田駅に到着、およそ600人から出迎えを受けられました。

 学習院の行事で遠泳をしたという愛子さまは、地元の人から「日焼けされて健康的ですね」と声をかけられると、はにかんだ表情を見せられていました。

 ご一家は数日間滞在し、海水浴や散策などをして、過ごされるということです。(11日18:12)
------------------------------------------
皇太子ご一家、須崎で静養
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150811-00000083-jij-soci
時事通信 8月11日(火)16時53分配信
 皇太子ご一家は11日午後、静養のため静岡県下田市の須崎御用邸に入られた。
数日間滞在する。 
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↑ここまで------------------------------------------

※ヤフコメ付きです。⇒http://headlines.yahoo.co.jp/cm/main?d=20150811-00000083-jij-soci


か弱き雅子さま、初期設定をお忘れなのでしょうか?
とってもお元気そうな笑顔でお手振りなさってます。

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国民からいくら批判されようとも、
皇太子さまもか弱き雅子さまも
お気になさらず、ごゆるりとご静養です。
毎年毎年折に触れ、
天皇皇后両陛下が何か仰って下さるのでは、と
期待して来たのですが、
何もないまま、こうしてただ時が過ぎてゆくのです。

このままでは間違いなく、
次代になればこの静養ご一家が天皇家ですね。
か弱き雅子さまがお出ましにならない行事も、
次代には、どうなることやら。
例えば。
東宮御所ではお客様に御出しするお茶に茶托がありません。
「茶托なしにしましょう。」と合理的な雅子さまがお決めになったから、
だそうです。
茶托一つにしても、こんな具合ですから、
次代の皇室になれば、
それはそれはびっくりな変わり方をすることでしょう。

皇室カレンダーもこの三人が毎月登場です。
御所の特別拝観の売店では天皇ご一家のカレンダーは
みんなめくって人だかりです。
が、しかし。
このご一家の月になると、
残念な声があちこちから出て、
やめとこか、という声が漏れ聞こえ、
売れ行きがイマイチなのに、、、。
静養ご一家のカレンダーって、売れるんですかねぇ。

とにかく。
このご一家を見ると皇室の危機だと思うのに、
このご一家からは危機感が全くもって感じられません、、、。



こちらは、日本人は知らない某国のことわざを使い、
雅子妃お抱えの元盗撮ライター友納尚子氏の文を引用する精神科医の記事。
(元記事の写真を見ると、おや、これは!?と思ったりもします。)
へえぇ~!
ではなく、
はぁ~???
と思うところばっかりです。

↓以下参考のため引用---------------------------
雅子妃殿下ほど、長きにわたってバッシングの苦しみを知っている人はいない 第14回<他人を許せない人たち ~不寛容という病~>
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150810-00003885-gentosha-ent
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150810-00003885-gentosha-ent&p=2
幻冬舎plus 8月10日(月)6時0分配信
雅子妃に、なぜ女性たちは興味を持つのか?
岩波 明(精神科医)
 前回の連載では、日本社会の特徴について統計的な資料を紹介したが、読者には、「日本」や「日本人」について否定的に述べているようにみえたかもしれない。しかし、筆者の意向は、必ずしもそういうつもりではない。

 日本社会や日本人の特性である孤立化やアノミー化は、実は「先進性」の表れなのである。またこれまで述べたような日本社会のさまざまな特徴は、独自性の大きい日本文化の基礎となっている。つまり、ここで特性は、短所にも長所にもなっている。

 本稿のテーマからはずれるので詳細に述べないが、過去から現在に至るまで、日本人は、芸術面から科学領域まで、多くの分野で先進性と独自性を発揮してきた。世界的な業績も数多く、これについては、もっと誇りにすべきであろう。

 具体例をあげればきりがないが、芸術的な分野では、宮廷時代に女官たちが生み出した「物語」は世界文学の古典であるし、能や歌舞伎、現代日本の小劇場からアニメ文化に至るまで、日本文化は世界をリードしてきたし、他の追随を許さない広がりとコンテンツの豊富さがある。

 科学技術の分野でも、同様である。江戸時代の和算や測量技術に加えて、明治の初期に登場した新進の科学者たちは、短時間で世界レベルに追いつき、輝かしい業績をあげたのであった。

 今回のテーマは、「雅子さま」である。この十五年あまり、マスコミと一般の人たちから、もっとも激しく、ひんぱんにバッシングを受けてきたのは、雅子皇太子妃であろう。ご成婚後の1990年代から今日に至るまで、マスコミは、雅子妃の動静を常に話題にしてきたが、温かく見守るよりも、冷やかな視線を浴びせることが多かった。これには、雅子妃をとりまく宮内庁や皇室関係者が、常にネガティブな情報を発信していたように見えたことの影響が大きいように思われる。

 国家意識が薄いとたびたび批判される日本国民であるが、皇室に対する関心は思いがけず高い。中でも、雅子皇太子妃の「動静」や「ご病気」についての注目度は、ことさら大きい。皇室のことなど別世界の話だと思っている人にとっても、特に女性において、雅子妃の「御様子」は気になるものらしい。

 その理由の一つとして、雅子妃が人生を暗転させてしまったことと関連していると思われる。ご成婚まで、あるいは「病気」を公表するまで、彼女は非類のない成功者だった。ハーバードに東大という高学歴に加えて、恵まれた容姿、家柄も申し分がない上に語学も堪能とくれば、能力も閨閥もない普通の「平民」は、ため息をつくしかない。その上、日本国のファーストレディが約束されていたのだ。

 ところが、そういった“天上の人”がご病気に罹り、輝かしいその道から落ちてしまった。落ちたどころか、回復しないまま地べたを這いつくばるような苦しみの中にいるのが、この十年あまりの状況である。たとえ皇族であろうと、水に溺れた犬はサンドバッグにするのが、わが国の習わしなのだ、と思わざるを得ない。

 落ちてしまった雅子妃に対して、日頃のルサンチマンがここぞとばかり、噴き出ることになった。大きな声では語られはしないが、「本当に病気なの?」「どうして、公務をしないの?」「いつまでさぼっているの?」などと思っている人は少なくないだろう。

 「病気」の雅子妃を見る視線は、同情的なものは少なかった。マスコミも「病気」であることを一応は認めながらも、批判すべき点を見出そうとする姿勢が強い。

 雅子妃のストーリ―を我々一般人の社会に置き換えてみれば、ありふれた「失敗した結婚」である。嫁ぎ先がしきたりの厳しい旧家だったり、小うるさい小姑や使用人(関係者)に冷たい視線を浴びせられたりすることは、だれにとっても、特に女性には身近な問題なのである。

雅子妃はなぜこんなにも責められ続けたのか?
 雅子妃の「経過」を振り返ってみよう。1963年生まれの雅子妃は、外務省に在職中であった1993年に、皇太子徳仁親王妃に内定した。この時、彼女は29歳であった。この年の2月に外務省を退職、「納采の儀」をへて、6月に「結婚の儀」が行われた。

 皇太子と結婚した彼女に求められたのは、何よりも、「世継ぎ」を産むことであった。なかなか子供ができないこが、初期のバッシングのきっかけとなった。1994年、婚約一周年会見が雅子妃の風邪ため延期されたときには、「ご懐妊では」との憶測が飛んだ。

 これに対して、皇太子は、「あまり周りで波風が立ちますと、コウノトリのご機嫌を損ねるのではないかというふうに思います。風邪をひいたことが思わぬ方向に発展し、大きな騒ぎとなり、正直びっくりしております」とユーモラスに切り替えしている。この当時は、まだ余裕があったのである。

 この当時、海外のメディアから、雅子妃の周囲の人々に対する非難の声があがった(けれども、事態はまったく変わらなかった。それどころか、さらに悪化した)。1996年2月、AP通信が、「サイレント・プリンセス」と題し、「雅子妃のプリンセスとしての能力が発揮されていないのは残念だ。すっかり影が薄くなってしまった」と報じている。

 5月には、米国「ニューズウィーク」誌が、「金の鳥かごに入ったプリンセス」と題した特集記事において、「男の世継ぎを生んでいないことが重圧となっている」と指摘した。一方、宮内庁の周辺では、公務において、外国の首脳などと談笑する雅子妃に対して、「外国要人とのお話が長すぎる」「少々、目立ちすぎ、はしゃぎ過ぎではないか」などと否定的な声があがっていたそうである。この宮内庁のセンスのなさは、日本的である。

 10月には、フランスの「ポワ・ド・ヴュ」誌が、「監禁されたプリンセス」と題した特集記事で、「雅子妃は精神的に鬱状態」との見出しをつけて報じた。これについては、雅子妃自身が記者会見で、「鬱状態とかそういうことはまったくありません」と否定している。

 1997年ごろより、懐妊騒動が繰り返して起きた。1999年12月、朝日新聞が雅子妃の懐妊の兆候をスクープした(スクープは宮内庁内部からのリークによるものであった)。このスクープは後に事実であることが判明した。12月30日に、宮内庁は雅子妃が稽留流産の手術を受けたと発表したのである。

 あらためて振り返ってみると、雅子妃に対するバッシングは、古くから日本社会にみられるパターンの繰り返しと同じだ。古来、旧家の嫁は、男子の跡取りを出産しないと、周囲から厳しく責められたものであったが、雅子妃の場合も同様だろう。

 彼女に期待されていたのは、天皇家の跡取りを産むことであり、実はそれが唯一の役割といってもいいのかもしれない。これは、まさに人格否定そのものである。海外のメディアにはこう見えていた――皇室も宮内庁も、さらにマスコミも一般の人も、雅子妃に期待したのは、豊富な海外経験を生かすことでもなく、あるいは才媛としての能力を発揮することでもなかった。望まれたのは、ただ子どもを産む、その一点だけであった――と。

 宮内庁や皇室からは、次のような露骨な声もあがっていた(『雅子妃 不運と中傷の中で』 友納尚子 文春文庫)。

 「とにかく一人産んでくれればいいんですから」

 「これは国事行為ですから、妃殿下に産んでいただくよう諭してください」

 「産んでくれれば、日本経済のGDPも3パーセント上がるんだから」

 2000年の2月、皇太子は、記者会見において、「医学的な診断が下る前の非常に不確かな段階で報道がなされ、個人のプライバシーの領域であるはずのこと、あるいは事実でないことが大々的に報道されたことは誠に遺憾であります」と批判したが、周囲もマスコミも皇太子の意向は無視したのである。

 雅子妃が体調不良を理由にして公務を欠席するようになったのは、この年の夏ごろからだった。7月、香淳皇后の斂葬の儀を欠席、8月には、佐賀県で開催される全国農業青年交換大会への臨席を中止した。

 2001年になり、4月16日に、懐妊の可能性があると発表された。そして、12月には、愛子内親王を出産となった。この時、雅子妃37歳、結婚から8年半たっていた。誕生したのが女児だったことで、周囲から落胆の声があがったことは否めないだろう。

 この当時、雅子妃は、記者会見において、宮内庁の意向で世継ぎ作りを優先するために外国訪問を減らしたことを示唆している。「週刊現代」2004年5月29日号の記事では、皇太子宛の海外からの招待状を、宮内庁が、皇太子らに報告せずに断ったり、無視したりするケースがあったと述べられている。

 2003年12月、雅子妃は、帯状疱疹のため長期静養を開始することとなる。同じ時期、湯浅利夫宮内庁長官が定例記者会見で、秋篠宮夫妻について、「皇室の繁栄を考えると、3人目のお子さまを強く希望したい」と発言したが、これは明らかに雅子妃の気持ちを揶揄し、逆なでする発言であった。

 さらに、この発言には重大な問題が存在している。そもそも、子作りや出産は、いくら皇室といっても、プライベートな問題である。この長官の言葉は、まったくの私的な領域まで平気で土足で踏み入る発言であり、まさにハラスメント行為である。こういう点についてまったく無神経であるのが、日本の官僚らしいと思うのだが。

 仮に宮内庁長官がこういう趣旨の意見を言いたいのであれば、それは、パーソナルに秋篠宮夫妻に告げればいいのである。おそらくこの発言は、雅子妃に対するあてつけであったのだろうが、公的な記者会見で、皇族に出産を促すということは、つまりは「性行為」を求めることを公言しているわけであり、失礼極まりない発言だった。官僚は、皇室をまったく尊重していないとしか思えない。

 2004年4月、宮内庁が、5月に予定している皇太子夫妻のヨーロッパ訪問に雅子妃が同行しないことを発表した。これを受けて「週刊女性」2004年5月11-18日合併号は、「雅子妃が皇室に嫁ぐ際、外交官としてのキャリアが必要だからとの周囲の説得があったにも関わらず、現実にはそういう機会がほとんど与えられないことで人間不信に陥り、皇室内で孤立を深めている」という関係者のコメントを掲載した。

 さらに、同じ詩上において、「雅子妃は皇太子妃としての立場に自信をなくし、人間関係の悩みから心身ともに疲れており、事態は伝えられているより深刻」、との関係者コメントも掲載されている。

 後に、「週刊新潮」2006年9月21日号は、2004年春の長野静養のときは、「何かをやろうとすると腹痛、頭痛、目眩、起きられないなどの症状が出て、また気持ちの中で出口が見られず、非常にイライラするなどの症状が見られた」、との記事を掲載している。実際、この当時の体調は最悪で、立ち上がることもやっとであったという。
↑ここまで------------------------------------------

元記事はこちら⇒
http://blogos.com/article/127363/


※ヤフコメ付きです。⇒http://zasshi.news.yahoo.co.jp/cm/main?d=20150810-00003885-gentosha-ent


まだまだ、こういう擁護記事が出て来るんですよね。


>落ちてしまった雅子妃
とか言われても、雅子さまってそんなに人気がありました?
そもそも。
雅子さまの学歴はロンダリング、
外務省も当時はあった父親のコネ入省で、
外交官ではなくコピー番長の一般職員だったんですよ。
マスコミがageてただけで、落ちてませんし。

ってか、
皇太子妃だから、でしょう?
興味を持つのではなくって、
雅子さまは皇太子妃だから、批判もするんですよ。
やるべきことは一切なさらず、
皇太子妃としての特権だけは最大限に利用する、
批判されて当然です。


>秋篠宮夫妻について、「皇室の繁栄を考えると、3人目のお子さまを強く希望したい」と発言したが、
その前に、皇太子夫妻には二人目を、と言われてますよね?
元盗撮ライターの友納尚子氏の妄想文をまるっと信じるのではなく、
ちゃんと調べるくらいはしましょうよ。

精神科医って、どうしてこうもしれっと雅子妃擁護するんでしょう。


※以下、追記しました。
いつもの動員部隊のことが書かれていたので、、、。
ほらね~!やっぱりね~!と思いませんか?

↓皇室全般画像掲示板より転載----------
d0176186_1293559.jpg

Name 名無し 15/08/11(火)18:07 ID:yty7p5vQ No.1397239

… 無題 Name 名無し 15/08/11(火)19:53 ID:9sqY9DrM No.1397304
今日も伊藤園軍団いたよ
最後にペットボトルのお茶と茶封筒を配られて解散してた


… 無題 Name 名無し 15/08/11(火)19:56 ID:9npMXP36 No.1397307
ズボンが太くなりましたわね。
オムツか尿バッグを隠すためでしょうか?


… 無題 Name 名無し 15/08/11(火)19:59 ID:Wp3nc4b2 No.1397312
>最後にペットボトルのお茶と茶封筒を配られて解散してた

資金はどこから出てるのでしょうね


… 無題 Name 名無し 15/08/11(火)23:18 ID:z7zZX.EQ No.1397473
お手当は5千円??


… 無題 Name 名無し 15/08/11(火)23:20 ID:o1uCOBKE No.1397475
創価が大学生呼んだ時は一万円渡した、だったよな?
伊藤園も同じくらい?


… 無題 Name 名無し 15/08/11(火)23:56 ID:jYB5EyeE No.1397518
今日も夜は勤行する時だけ三人
後はバラバラ
これが一家和楽の信心
新聞啓蒙もやっているナルマサ
↑ここまで----------




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by Lisa_cerise | 2015-08-11 23:58 | 東宮家。雅子さま。

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