2013年 07月 03日 ( 4 )

政治評論家 森田実氏。

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鳩山元首相にこのような同調者が出現したとは・・・。

「関西テレビ放送のスーパーニュース アンカー
6月28日金曜日放送分の録画を見ていて、びっくり。

いつも早送りなので、ひょっとして聞き間違いかと思ったら、
そうではなかった!
アナウンサーのヤマヒロさんも画面で見る限り、焦っていました。

こちらにその時の発言があったのでご紹介します。
   ↓ 
政治評論家の森田実が鳩山由紀夫の尖閣発言を援護!「総理の時よりちゃんとしている」
http://www.youtube.com/watch?v=Ww3jykF5zEw


あちら側がどういう考えなのか、
鳩山同調者の話をきちんと聞くべきと、
改めて聞き直して、かいつまんで書き起こしてみました。

↓-------------------------------------------
この間、ハノイ空港で久しぶりに鳩山さんと会って立ち話をしたが、
今、日本の国では、「鳩山は頭がおかしい・・・」とか、政治家まで言っているが、
それは全く間違い、そちらが間違っている。
鳩山はちゃんとした人物、冷静、総理大臣の時よりもしっかりしている。

日本はアジアからはっきり孤立してきている、世界は日本はイスラエル化しつつある、と。

周辺国と対立してアメリカとだけ上手くやる、という道に進みつつある。
アメリカの方からはいい加減にしたらどうかというサインがどんどん来つつある。
日本が世界から孤立するのはアメリカとしては得策ではない。非公式にだが。
安倍さん達の耳には入っていない、聞く耳もない。
それを直さねばならないと鳩山さんは自分で東南アジアの研究所を作って自費で回っている。
鳩山さんはおかしいやつだという空気作りは間違い。
まともな人間として見るべきだ
と私は思う。

(山本アナ「他のコメンテーターとは全く異なる意見ですので深く聞いてみたい。」)

戦後はポツダム宣言から出発している。
ポツダム宣言を受け入れたことによって、多くの日本人の命を守った。
アメリカも原爆を落とし、人殺しもバンバン日本でやったという状況を止めるためには、
受け入れるしかなかった。
これは、大きな約束で我々もアメリカも守る義務ある。アメリカは守っていない。
日本に民主的な政権できた時には全て基地を撤去すると書いてあるが沖縄も含めて撤去していない。
が、我々はポツダム宣言の路線で生きていかなければならない。

日本の領土は、本州・北海道・四国・九州に限るとなっている。
島々についての規定はなく、占領軍の権利になっている。島々の帰属については決まっていない。
台湾は中国に戻すとなっている。
その場合に尖閣を琉球列島のものとみるか台湾列島のものとみるか、意見が分かれていた。

(山本アナ「私の認識では、カイロ宣言・ポツダム宣言で返すのは、日清戦争によって得たもの。
その後のサンフランシスコ講和条約で尖閣は九州沖縄県の一部だという認識なので尖閣は日本のもの。」)

ポツダム宣言の13項目が戦後の日本の基礎で、日本の領土は4島に限るとなっている。
島は占領軍の判断に委ねられた。
だからその島をどうするかという問題について、アメリカは琉球列島の一部で、
中国のものではないという形で判断した。
台湾は中国に戻すという措置になっているわけで、
尖閣の問題は基本的に意見が違う問題で、
日中の予備交渉の段階でも相当研究されて議論されている。
棚上げ論を延々と述べる(も、田中角栄も完全に受け入れた、と決めつけ)。

(山本アナ「それがこのところ問題になっている40年の棚上げ問題。」)

外交的には共同宣言で樹立し合意し、収まっているのに、今、日本側は反対だったというのであれば、
平和条約は破棄するとなる。

(山本アナ「確かにその条約は成り立たない。」)

日本側が受け入れたのは事実。
それを菅内閣が領土問題はないと言い、日中韓の外交交渉が途絶えた。
更に野田内閣の尖閣国有化で一歩高めた。

その後、日本国民の領土ナショナリズムに火が付き、大きな世論になり、安倍内閣も継承した。
その結果、日中対話がなくなっている。
これで突っ張り合う間に中国はドイツや韓国と経済協定。
日本は中国にとって経済的にも要らないと、世界は受け止めている。
それで日本は本当にいいのか?

中韓を敵視してイスラエルのような国になって日本はいいのか?みんなで袋叩きになっている。

(山本アナ「今、そういう状況にはなっている。」)

冷静に、一番大事なのは平和。平和共存を否定してまで我々はおかしなことやっちゃいけない。
今のままでは日本は孤立する。
戦後秩序の出発点になったポツダム宣言を否定するということは世界が受け入れない。

(山本アナ「ポツダム宣言とサンフランシスコ講和条約の中で領土問題がどうなのか、
時間がないので後日に譲るとして、今の鳩山パッシングは違うということか?」)

鳩山さんの今後を見ている。
どこかで話し合いの糸を作ってくる可能性がある。
鳩山さんの行動の裏には表に出ていない色んな動きある。


中曽根さんが産経新聞に一週間前に書いた「中国包囲網を作るというのは間違い。
これでは中国問題は解決出来ない」と、安倍首相に忠告しているが、
この裏側でいろんな動きがある。
我々はアジアの平和を守り、日本の平和も守り、共同でアジアが繁栄する道を真面目に考えるべき。
↑-------------------------------------------

いやいや。
鳩山さんに裏で動いて貰うなんて、とんでもない!!

日本って孤立してます!?

改めて聞くとますます、気分が悪くなりました。
超売国奴で元首相の鳩山にこのような同調者が出現したとは・・・。
しかも堂々とTVで発言したのです。
ぞっとしました。
こういう人物が日本にいるから、弱腰なんですよ。

森田実さん。
あなた。
何か貰いましたね?

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by Lisa_cerise | 2013-07-03 23:54 | 日本への思い | Trackback | Comments(3)
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この絵の存在は、今年2月の記事で知りました。

どうして区役所で展示するのでしょうか?
意味がわかりません。
雅子さまの祖父とはいえ、
この人は、あのチッソの江頭氏ですよ。
何か貴重な絵なんだか・・・。
そんなに貴重な絵なんでしたら、ぜひとも独り占めなさってください。

↓以下参考のため引用------------------------------
雅子さま祖父が描いた富士山 清水区で展示
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20130703/CK2013070202000271.html
 富士山の世界文化遺産登録を記念し、静岡市は二日、皇太子妃雅子さまの祖父でチッソ元社長の故江頭豊さんが富士山を描いた油絵「晩秋」の展示を清水区役所で始めた。五日まで。

 富士市の病院に入院していた江頭さんが、死去する一年前の二〇〇五年に描いた。雅子さまの母の小和田優美子さんと親交のある島田市御仮屋町の有本格(いたる)さん(84)が所有している。静岡市清水区の景勝地「三保松原(みほのまつばら)」が、富士山の構成資産からの除外勧告を受けながら最後は登録されたのを祝福し、有本さんが展示を申し出た。

 有本さんは二月から、県庁や島田市立図書館など各地に「晩秋」を貸し出している。県内は清水区役所が最後で、その後は山梨県の山中湖村と忍野村で展示される。「三保松原の逆転登録は素晴らしいこと。富士山の大切さを感じてもらい、美しい風景を後世に残してほしい」と話している。
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雅子さま祖父の絵展示、病院から富士山描く 島田図書館
(2013/2/6 7:55)
http://www.at-s.com/news/detail/474564305.html
雅子さまの祖父江頭さんが描いた貴重な油絵が見られる特別展示=島田市立島田図書館

富士山の日(23日)を前に、皇太子妃雅子さまの母方の祖父で元チッソ会長の故江頭豊さんが当時入院していた富士市内の病院から富士山を描いた油絵の小品「晩秋」が14日まで、島田市本通3丁目の市立島田図書館で展示されている。
 
貴重な江頭さんの絵は同市御仮屋町の有本格さん(83)が所有。2004年から06年に98歳で亡くなるまで富士市内の病院に入院していた江頭さんが、窓から見える富士山の姿を05年に描いた最晩年の作品とされる。特別展示は富士山世界遺産登録の弾みにしてもらおうと、有本さんの協力で実現した。
絵は6月の登録実現まで県内外を巡回する予定。
 
有本さんは、江頭さんの娘で雅子さまの母親の小和田優美子さんと交流がある。絵画は今年1月中旬、小和田さんから届けられたばかり。有本さんは「優美子さんからいただいたとても貴重な絵を独り占めするわけにはいかない。多くの県民に見てもらい、富士山世界遺産登録に向けた機運が高まってくれればうれしい」と話した。
 
同図書館は28日まで富士山に関連する本や写真集など約100点を集めた特別展示コーナーも設けている。
↑ここまで------------------------------------------

せっかくの世界遺産登録なのに穢れた気がしましたわ。

江頭氏は水俣病で苦しむ人々に対して、
暴力団を雇って封じ込めようとした人です。
水俣病を取材していた写真家のユージン・スミスと家族を襲わせた黒幕とも。
著名なカメラマンであったユージン・スミスはこのときに脊椎を折られ、
片目失明の重傷を負い、その後、この時の怪我が元で亡くなっています。
水俣病の人々に対して、
「腐った魚を食べるから汚い病気にかかる。伝染るから近づくな」等と、
吐いた暴言は数知れず・・・、という会社の人でもあり、
決して評判のよろしい方ではありません。


小和田一家が東宮御所に入り浸っていることも、
小和田両親に至ってはホテル代わりに使っていることも、
以前からの有名なお話。
この江頭氏は、東宮御所の庭を散歩するのが趣味、と語り、
新築して数年の東宮御所をバリアフリーに大規模改装したのは、
車椅子生活の江頭氏のため。
なんて、ばかばかしい話でしょうか。

晩年の江頭氏は、一躍有名になったあのコンクリ御殿ではなく、
静岡の有料介護老人ホームで暮らしていました。
雅子妃のお見舞いに一度くらいでしたが、
庭がお気に入りの東宮御所に来ていたのですから、
お見舞いに行く必要がありませんよね。

東宮ご一家は皇族なので仕方がないにしろ、
外戚一家にも税金が投入されていると思うと、
全く違った感情が沸いてきます。

江頭氏が亡くなった時は、
雅子さまは皇太后の葬儀には欠席しておきながら、
皇太子さま、愛子さまと一緒に弔問に訪れていました。
当時、皇太子さまがどうしてこんなことを、と思ったものですが、
伝言メモを読むようになられた今となっては、
もはや皇太子さまはそういう方と諦めに近いものがあります。

こういうことがあると、
昭和天皇が「国民を苦しめた会社の社長の孫は駄目だ。」と反対されたことが思い出されて、
なんとも悔しい気持ちになります。

水俣病の事で「おじいちゃんが悪くいわれた」と嘆いた雅子さま。
その雅子さまは水俣を訪れたことはありません。

水俣メモリアルで献花されたのは秋篠宮両殿下。
水俣病は、終わったわけではありません。


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by Lisa_cerise | 2013-07-03 23:41 | 小和田家 | Trackback | Comments(0)
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こういうことをもっと発信してもらいたいものですよね。

「体調の波」とかいうものを理由に、公務を「選り好み」され続けていること。
皇太子妃の外戚が超売国奴だというのに、
何の対策をするでもなく利用されるがまま、本当にもどかしい思いです。

↓以下、ごもっともでございます!記事のまとめ。----------
選択 2013.07月号 皇室の風 岩井克己 かくすればかくなるものと
http://www.sentaku.co.jp/series/post-2921.php
「かくすれば、かくなるものと解っていただきたいと足を運ぶのだが、世の視線が厳しくなっているということがなかなか解っていただけない・・・・」 かつて皇太子と直に語らった宮内庁幹部の嘆息を思い出す。
「殿下は解っておられるのでは。ただ、妃殿下と激しいやりとりとなるのは避けたいのだと思う」
皇太子家に仕えたが雅子妃の信頼が得られないまま去った元側近が語る。

・皇太子夫妻結婚20年の節目、10年に及ぶ雅子妃の「体調の波」について、夫妻あるいは主治医から丁寧な説明、見通しを示すべきだが、目立った反応なし。
・メディアに寄せた元側近、友人らのコメントや手記、多くは具体性を欠く主観的擁護にとどまる。
・批判的報道を「バッシング」「ステレオタイプの批判」と決めつけ抑え込もうとするかのような主張には、皇室全体が傷つき危機的状況を抱え込んでいることについての真剣な顧慮や見識はうかがえず、腑に落ちる説得力はない。
・肝心の主治医からも一切説明はない。
・本人とともに国民に向き合い、誠実に説明を重ねて理解を求めることこそ皇族を預かる主治医や側近の心構えではないかと思うだけに遺憾。
・皇太子夫妻のオランダ訪問の決定と発表の取り運びについて、筆者は「不明瞭で稚拙だったと言われても致し方ない」と「ウェブ論座」4/30付で書いた。

・学習院の学校行事には出席するが、各界の功労者を招く最大規模の宮中行事である園遊会は欠席し、一方でオランダは訪問するという雅子妃の「体調」の矛盾の不可解さに、国民の積年の疑問と不満が表面化しつつあると指摘し主治医の説明を促したが、空しかった。

・オランダでは即位式典とレセプション一部への出席が実現し、雅子妃回復への期待が膨らんだ。しかし外務省関係者とは接見する一方で、多くの一般在留邦人との接見は欠席。そのうちの旧知の二人だけ呼び出して懇談する「選り好み」がみられた。

・帰国後も「体調の波」は続いている。
・皇后が名誉総裁を務め、皇太子妃にとっても最も大切な行事の一つである全国赤十字大会は当然のように欠席。
・皇太子夫妻の重要行啓のひとつ「全国『みどりの愛護』のつどい」や両陛下が皇太子時代から長年熱心に取り組み皇太子夫妻に後を託した青年海外協力隊員との接見も欠席。
・アフリカ開発会議各国首脳夫妻との宮中茶話会、オランド仏大統領国賓歓迎行事、晩餐会といった外国親善行事にも雅子妃の姿はなく、スペイン公式訪問も皇太子単独となった。
・一方で学習院幼稚園再開園50周年記念式典や外務省の進講には夫妻で出席。
・国立科学博物館「グレートジャーニー 人類の旅」展には「私的鑑賞」として取材をシャットアウトして出かけている。
・6/16午前中の香淳皇后を偲ぶ命日の例祭に欠席、一方でスペインから帰国した皇太子の出迎えには車寄せに笑顔で姿を見せた。
・6/18宮城県被災地訪問を直前でキャンセル。今春以来、被災地訪問は何度か計画されてはキャンセルを重ねているという。

(野村前東宮大夫のインタビューに触れて)
・二年前、東宮大夫の定例会見で筆者は野村氏に「皇太子妃は精神疾患を抱え、ほとんどの公務が皇太子単独となっている。
・被災地訪問は夫妻そろってということにこだわっているように見えるがどのようなお気持ちからか」と質問した。大夫は不快そうに「殿下御一人でも行けと言いたいのですか。大災害お見舞いという重い勤めは両殿下で、というのは 自然なお気持ちではないか」と答えた。
・ほとんどの重要公務や祭祀が皇太子単独で常態化しているだけに違和感を覚えたし、今も違和感は解消されていない。
・今回の宮城県訪問も、野村氏のインタビュー記事が掲載されたのと時を同じくしてキャンセルという皮肉な巡り合わせとなり、皇太子単独での訪問という対応もされなかった。
・この二年間、両陛下や秋篠宮家ほか他の皇族は何度も被災地に足を運んで避難所を訪れたり、復興・除染作業を励ましたりしているが、皇太子夫妻は一度も現地入りしていない。

・雅子妃の被災地訪問は体調に負担なのか、なぜ皇太子は単独でも足を運ばないのか、東宮職は納得のいく丁寧は説明をすべきだろう。
・他の皇族は公人中の公人として、体調が公務に影響を及ぼす場合はその都度、必ず発表し説明することが定着している。
元側近が登場して抽象的に「雅子妃は必ず快癒する」と援護射撃するのは、気持ちはわかるが筋違いで、やはり主治医がきちんと会見して責任ある説明と見通しを丁寧に語るべきだろう。


公にしづらい事情もあることは筆者も把握している。
公にすれば異論のある人もいるだろう。
周りは敵がいっぱいという心境なのかもしれない。
だとしても、病状・病態を覆い隠しつつ、後付けで言い訳を非公式なルートや特定の雑誌などで繰り返していても、共感と信頼の輪は広がらないだろう。(敬称略)
↑----------------------------------------




↓雅子さまがお忍びで通われた超高級レストラン7店!
それはこちら!!




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by Lisa_cerise | 2013-07-03 00:01 | 東宮家。雅子さま。 | Trackback | Comments(0)

それぞれのご感想。

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マスコミが伝えたいこと、伝えたくないこと。
偏向報道が皇室にもあります。

皇太子殿下の スペインご訪問と、
秋篠宮殿下同妃両殿下のクロアチア,スロバキア及びスロベニアご訪問は、
ちょうど同じ時期でしたが、
皇太子さまのスペイン報道は連日であったものの、
皇室外交とはこういうもの、という姿勢を見せていらっしゃった、
素晴らしいお二人の報道はついにありませんでした。

雅子さまの被災地訪問ドタキャン三度目とか、
山梨へドタ出と騒いだかと思ったら、すぐドタキャンされた、とか。
挙句、雅子さまの伝言メモを皇太子さまがお読みになったことまで、
報道されるという、騒ぎよう。

怪しい日本語が連なる皇太子さまのいつのも感想文は報道されても、
秋篠宮殿下の感想文はされません。
それもこれも、違いが国民に分かってしまうから。

ということは、ぜひとも知るべきだと思うのです。
ぜひ、その違いをとくとご覧になってください。
↓------------------------------
皇太子殿下のご感想
(平成25年6月16日)
スペインご訪問を終えて


この度,スペイン国からご招待を頂き,「日本スペイン交流400周年」(以下交流年)の開幕に合わせて交流年の名誉総裁として,私にとって6回目となるスペイン国訪問を行いました。今回の訪問を通じ,4世紀にわたる交流の歴史があるスペインとの友好関係が,歴史の積み重ねの中で,より一層緊密で強固なものとなっていることを確認でき,大変うれしく思いました。

まずは,スペインで心のこもった,温かいおもてなしをしていただいたフアン・カルロス国王王妃両陛下,フェリペ皇太子同妃両殿下,そしてラホイ首相を始めとする政府関係者の方々に,深く感謝の意を表します。また,訪れましたマドリード州,カスティージャ・イ・レオン州,アンダルシア州,ガリシア州,いずれの地におきましても,州知事や市長を始め多くのスペイン国民の皆様に大変温かく迎えていただいたことを心からうれしく思っております。特に慶長遣欧使節団が当時滞在したコリア・デル・リオでは,炎天下沿道にあふれんばかりの市民の方々に歓迎していただき,また,訪問した小学校では,子どもたちから東日本大震災からの復興の願いを込めた日本の歌の合唱をプレゼントしていただき,多くの子どもたちと交流できたことは,心に残る思い出となりました。

今回,フェリペ皇太子殿下には,妃殿下とご一緒に公式晩餐会を主催していただいたほか,交流年の開幕となる諸行事にご一緒いただき,楽しくまた有意義な時を過ごさせていただいたことに感謝したいと思います。天皇皇后両陛下が培われてこられた長年のスペイン王室との交流を踏まえて,これからも世代を超えてスペイン王室との友情を深めていくことができれば幸いです。

今回の訪問は,日本スペイン交流400周年という意義深い年に行われました。今回の訪問では,マドリードやセビリアで支倉常長に関する展示を訪れるなど,当時の慶長遣欧使節団の足跡をたどり,当時を偲しのぶ古文書などを目にしました。また,現在,様々な分野で両国間の交流に携われている多くの方々とお会いしました。この訪問を通じ,これまでの先人たちの熱い思い,さらに現在に続く交流の歴史の深さや裾野の広がりを実感いたしました。特に,セビリアやコリア・デル・リオでは,スペイン語で日本を意味する「ハポン」姓の方々と交流し,皆さんの日本に対する熱い思いを感じることができました。

マドリードでは,スペインにおける種々の交流事業のオープニングに出席しました。「サムライ支倉の大いなる旅」と題する交流年開幕記念音楽会では,日西の音楽家が熱演するなど,各事業において多くの関係者の交流にかける強い思いを感じました。日西経済合同委員会開会式では,環境やエネルギーなど新たな分野での協力やグローバルな協力など将来への展望が語られ,両国間の交流が今後更に強化されるものと意を強くしました。また,今回は,サッカー場やフラメンコ博物館も視察しましたが,文化,観光,スポーツなど日本人を魅了してやまないスペインの魅力の一端に触れることができ,うれしく思いました。また,日本食や若者文化を含めスペインでの日本への関心も高く,最近では,日本語を学ぶ人々が増えているとお聞きしました。交流年を通じ,幅広い分野で国民相互間の交流の機運が高まることを期待します。

今回の訪問でも多様なスペインの新たな魅力を発見し,また,多くの新たな出会いと交流がありました。特に,今回,改めてスペインにおいて文化と伝統がいかに大切に保護,振興されているかを実感しました。日本のオルガン製作者により修復されたサラマンカ大聖堂のパイプオルガンは,中世当時の音色を聞いているかのようでした。サンティアゴ・デ・コンポステーラにおいては,歴史が刻まれた大聖堂を訪れ,また,先月の熊野古道に引き続き,熊野古道と姉妹道の関係にあり,共に世界遺産であるサンティアゴ巡礼道を歩く機会を得,大自然の中で己を見つめて歩いた多くの方々の気持ちを少し感じることができたのではないかと思います。熊野でもサンティアゴでもそれぞれの古道に関わる方々から保存への取組とお互いから学びたいとの期待についてお聞きしました。日西両国は文化的魅力を持つ国であり,今後,両国間の文化交流が更に進展することを期待したいと思います。

サラマンカは,私自身2度目の訪問となりましたが,市長より,「いつでも来訪を歓迎します」との意味を持つ市の鍵を頂いたことに感謝いたします。また,これまでの両陛下のご訪問についてのお話を各所で伺いうれしく思いました。サラマンカ大学は,欧州最古の大学の一つであり,長い間スペインの学術や文化において中心的な役割を果たしたと伺っていましたが,当時を偲しのばせる講堂や図書館,古くから所蔵される古文書に強い印象を受けました。また,同大学は,日西間の学術交流の拠点として,多くの日本人留学生が学び,また大学間の交流も含め,一つのモデルを提供しているように思われます。今後,こうした交流がスペイン各地の大学に広がることを期待するとともに,日本の大学等の取組にも期待したいと思います。

「水の問題」につきましては,サラマンカ大学において研究者や学生の方々と意見交換し,古文書も見ましたが,スペインの長年にわたる水の問題への取組や歴史的とも言える経験の蓄積に改めて強い印象を受けました。また,マドリードの上水道の管理システムは,先端技術を駆使したもので,非常に参考になりました。水の問題は,災害,貧困や衛生状況の改善,環境の保護を始め様々な視点から極めて重要な問題です。今後ともスペインとのこの分野での交流が深まることを期待しています。

サラマンカやコリア・デル・リオなど今回訪れた各地で東日本大震災に際して連帯と支援の活動が行われたと伺い,大変有り難く思いました。また,マドリードやセビリアでは,東日本大震災に関する写真展を訪れましたが,スペインの多くの方々が,我が国の震災からの復興に向けての動きに引き続き強い関心と共感を持たれていることに感銘を受けました。私としても,フェリペ皇太子同妃両殿下主催晩餐会などの機会に,多くの方々からの支援に対する感謝の気持ちをお伝えし,両国の国民レベルでの絆きずなを改めて確認できたと思います。こうしたスペインとの友情をこれからも大切にしていきたいと思います。

今回スペインを訪問し,改めてスペインと文化,学術,経済,科学技術、観光やスポーツなどを始め多くの分野で交流や協力を発展させていく余地が大きいことを確信しました。この6月から始まった日本スペイン交流400周年を契機に400年前に始まった日スペイン間の交流が,世代を超えて受け継がれ,発展していくことを祈念するとともに,今年の10月からは,日本でも事業が行われますので,私自身,引き続き名誉総裁としてお役に立てればと思います。

なお,今回の訪問に雅子が同行することができなかったことは残念でしたが,本人もスペイン国よりのご招待を大変有り難く思っております。また,スペイン王室の皆様はもとより,現地にてお目に掛かった多くのスペイン国民の方々から雅子に対し,温かいお言葉を頂いたことに厚く御礼を申し上げたいと思います。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/speech/gokanso-h25az-spain.html
↑------------------------------

↓------------------------------
仁親王同妃両殿下のご感想
(平成25年6月29日)
クロアチア,スロバキア及びスロベニアご訪問を終えて


今年,外交関係樹立20周年を迎えたクロアチアとスロバキア,ならびに昨年外交関係樹立20周年を迎えたスロベニアの3カ国に,各国大統領のご招待により訪問できましたことを誠に嬉しく思います。それぞれの国の大統領を始めとする関係者には,大変温かく迎えていただくとともに,種々のご配慮をいただきましたことに感謝申し上げます。


このたびの訪問中には,3カ国それぞれの国において,外交関係樹立20周年の記念行事が行われ,クロアチアとスロバキアの両国においては大統領が共催して下さいました。そして,音楽の演奏や民族舞踊などが大変よい雰囲気のなかで執り行われたことは,誠に喜ばしいことでした。


クロアチアにおいては,首都のザグレブの他にいくつかの地域を訪れました。16の湖とそれを繋ぐ滝の景観が美しいプリトヴィッツェ湖群国立公園では,散策をしながら様々な色合いをもつ湖面の美しさを堪能することができました。また,クロアチア特有のナイーブ・アートには,農村の生活ぶりなどが描かれており,その素朴な画風が魅力につながっているように思いました。また,このナイーブ・アートとともに,伝統的な手工芸品を紹介している施設も見学しましたが,絵画や手工芸品を通して,昔の農村の様子を推察する機会にもなりました。

農村に関連しますが,七面鳥農家を訪問しました。七面鳥はアメリカ大陸の原産であり,欧州には移入されたものですが,この地で飼養されている品種は,改良をそれほど加えておらず,16世紀に導入された時の形質を保持しているそうです。欧州では経済性のみにこだわらず,古くからある家畜品種を残していくことを大切にしていますが,この地の七面鳥にもその姿勢を見ることができました。

かつて海洋貿易によって繁栄したドゥブロヴニクでは,中世に築かれた街中,そして城壁を歩きましたが,そこから見渡せるアドリア海,行き交う遊覧船や人の多さから,現在の観光地としての姿とともに,重厚な雰囲気を醸す城壁(要塞)に囲まれた街の光景に歴史を感じました。そして,早い時期から上下水道が整備され,薬局や孤児院が建てられ,往時の状況に思いを馳せました。

来月からEUの一員となるクロアチアは,活気にあふれた印象を受けました。そのいっぽう,旧ユーゴ紛争時に甚大な被害を受けたオトチャッツにある老人ホームにおいて,かつての紛争を経験された入居者に会いましたが,住み慣れた土地を離れ,大きな悲しみを抱きつつ過ごしているという話を聞きました。また,この地域には,いまだに多くの地雷が残っており,撤去の作業が今後も長く続くものであることを知り,改めて平和の大切さを実感しました。

また,東日本大震災後に被害を受けた日本人が速やかに健康を回復することを願いながら千羽鶴を折ってくれた児童たちが通う小学校を訪問しました。両国は地理的に遠く離れていますが,このように子どもたちをはじめ,素晴らしい歌声を披露してくれた合唱団員など,訪問中に出会った人々から,震災で被害を受けた人々のことを深く案じ,それぞれの立場で心から支援していきたい気持ちが強く感じられ,嬉しく思いました。


2つ目の訪問国となったスロバキアにおいては,最初に冷戦時代の犠牲者の慰霊碑(自由の門)に献花をしました。川を挟んですぐ対岸はオーストリアになり,現在では平和な風景が広がっています。この場所が冷戦時代には東側ブロックの最前線であり,オーストリアへと川を渡って亡命を図る人たちが多数狙撃されたこと,また,この碑の建立を提唱し自身も長い年月にわたって刑を科せられた人の説明から,自由の大切さとそのような歴史があったことを記憶にとどめることの重要性を改めて認識しました。

首都のブラチスラバの他に東スロバキア地方を訪れる機会に恵まれました。当地では,タトラ国立公園内にあるシトゥルプスケー山湖の畔から美しいタトラ山地を眺望するとともに,植物園において数々の固有種を実見しました。また,ユネスコの無形文化遺産に登録されている楽器,フヤラの工房を見学することを通して,改めてその楽器の有する音色の多様性について理解を深めることができました。

伝統楽器との関連で言えば,フヤラやツインバルなどの演奏に合わせて,スロバキアの民族舞踊「ルチニツァ」の舞台を初めて鑑賞しました。躍動感あふれる踊りと音楽は素晴らしく,日本でも幾度か公演をし,東日本大震災の被災地においても上演をしてくれたと聞きました。

さらに,スロバキアの中でもワインを最も多く生産している小カルパチア地方を訪ねることもできました。醸造所にて葡萄の種類や醸造過程についての話を聞きましたが,この地域の土壌には,砂と礫が適度に混ざっており,葡萄の生育に適しているとの説明が特に印象に残りました。

また,約20年前に日本学科が開設されたコメニウス大学において,日本について学んでいる学生たちから,同大学における日本語教育や日本へ留学した学生の体験談のプレゼンテーションがありました。その機会に,どのような分野に関心があるのかを聞いてみると,歴史,書道,ポップカルチャー,妖怪など,相当多岐にわたっており,今後日本とスロバキアを繋ぐ人たちが育ってきていることを実感いたしました。


最後に訪問したスロベニアにおいては,大統領とそのパートナーの方にご案内いただいて,リュブリャナ市内にある大聖堂や小高い丘の上にある城跡などを興味深く見て廻ることができました。また,同日の夜には,同国における最も大きな芸術の祭典であるリュブリャナ・フェスティバルの開会式にもお招きをいただきました。これは,偶然にも私たちの滞在中に行われた催しでした。大統領とそのパートナーの方,同じく滞在されていた英国のウェセックス伯爵殿下ご夫妻とともに,素晴らしい夜の一時を過ごすことができました。

スロベニアにおいても,スロバキアと同様に日本学科を設置しているリュブリャナ大学を訪れ,学部生,院生,そして卒業生たちと交流をしました。リュブリャナ大学でもスロバキアのコメニウス大学同様,学生たちの関心が単に日本語のみではなく,社会学や音声学など多岐にわたっていることに感心いたしました。

ポストイナの鍾乳洞は,欧州でも最大規模の鍾乳洞ですが,鍾乳石や石筍など自然によって作り出されたフォルムの素晴らしさは想像以上のものがありました。また,洞内に生息するホライモリなど,生物学的に興味深い生き物にも接することができました。

水銀鉱山で有名なイドリアにおいて,当初は鉱山夫の配偶者によって作られていたレースは,現在では代表的な伝統工芸品として有名になっていますが,それらの模様とそのモチーフが多様であることを知りました。そしてレース編みを教えている学校において,生徒たちが熱心にレース作りに取り組んでいる様子を見ましたが,ボビンを操るきわめて複雑な作業を手際よく行っている姿に感心をいたしました。

イドリア市は,水銀の採掘を行っていた地域ですが,そのために起こった身体的・心身的な障害には重いものがあったと聞きました。日本の水俣市においても,水銀が起因する水俣病は深刻な問題であり,そのようなこともあってこの両市は交流を深めてきました。近いうちに,水俣市の高校生がイドリア市を訪ねるとの話も聞きました。このように,若い世代の人たちの交流も両国の関係にとって大切なことであると思います。


本年20周年を迎えたクロアチアとスロバキア,そして昨年20周年を迎えたスロベニア,これら3カ国と日本との友好親善関係が,さらに進展することを心より願っております。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/speech/gokanso-h25-croatia,slovakrepublic,slovenia.html
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皇太子さまの文章は相変わらず、どこの国であろうとも、
○○国王や女王に○○をして貰ったよ!的な話。
そして、危険な利権絡みのお水の問題を取り上げ、
雅子がいれば、雅子が、で終わる。
何より、読みずらい、小和田文です。

秋篠宮さまは、訪れたことのない国民に説明して下さっている、
そういう気持ちになりました。
情景が浮かびませんか?
歴史にも詳しく、
そして、七面鳥のこともさりげなく教えて下さる。
(地元紙によると、動物園での殿下は、さすが専門家という質問をなさっていたとのこと。)
何よりも。
お二人で係わってこられた水俣の事を取り上げて下さったこと。
水俣の慰霊祭にも出席されているお二人です。
国民とともに。
そのお気持ちが伝わりました。

東日本大震災のこと、
日本語を学ぶ学生への洞察と。
お二人の違いは個性でしょうか。

マスコミは、
この違いを日本国民に伝わらないようにしているのです。

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by Lisa_cerise | 2013-07-03 00:00 | 皇室 | Trackback | Comments(0)

日本人の心を大切に          ・・・Lisa


by Lisa_cerise