パラオご訪問の天皇皇后両陛下、無事ご帰国に。

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当初から、ご高齢だというのに
一泊二日という過酷なスケジュールでご訪問なさるということに、
ただただ心配でならなかったのですが、
お祈りされているお姿を拝見すると、
やっぱりこみ上げて来るものがあります。

それから。
次代には、こういうお姿も期待できないし、
またこのような思いになることはもうない、
そういう、何とも複雑な気持ちもあって。

↓以下参考のため引用---------------------------
ペリリュー島で慰霊碑にご供花
 生還者の元日本兵らともご面会

http://www.sankei.com/life/news/150409/lif1504090021-n1.html
2015.4.9 11:25更新
 【ペリリュー島(パラオ共和国)=伊藤真呂武、今村義丈】戦没者慰霊のためパラオ共和国を訪問中の天皇、皇后両陛下は9日午前(日本時間同)、激戦地だったペリリュー島で、日本政府が建立した「西太平洋戦没者の碑」に供花して犠牲者を追悼された。碑のそばで出迎えた同島などでの戦いの生還者の元日本兵らとも面会し、改めて苦労をねぎらわれた。

 両陛下は、宿泊先となったコロール島沖の海上保安庁の巡視船からヘリコプターに乗り、ペリリュー島に移られた。同島では先の大戦で上陸してきた米軍約5万人を迎え撃った日本軍約1万人がほぼ全滅。日本政府が昭和60年に米軍上陸地点に近い島南端に碑を建て、英霊を慰めてきた。

 両陛下は、日本から持参した白菊の花を碑に供え、深々と拝礼された。続いて、日本軍約1200人が犠牲になったアンガウル島に向かっても頭を下げられた。パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国の大統領夫妻も同行した。

 ペリリュー島の生還者で元海軍上等水兵の土田喜代一さん(95)やアンガウル島で重傷を負った元陸軍2等兵の倉田洋二さん(88)、遺族や遺骨収集の関係者らの出迎えを受け、両陛下は一人一人の話に耳を傾けられた。米軍の慰霊碑にも供花するなどし、同日夕に帰国の途に就かれる。

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「西太平洋戦没者の碑」に供花される天皇、皇后両陛下 =9日午前10時47分、パラオ・ペリリュー島 (代表撮影)

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天皇、皇后両陛下が慰霊に訪れる「西太平洋戦没者の碑」=9日、パラオ・ペリリュー島(共同)

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ヘリコプターでパラオ・ペリリュー島に到着された天皇、皇后両陛下=9日(代表撮影・共同)
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「西太平洋戦没者の碑」に供花される天皇、皇后両陛下=9日、パラオ・ペリリュー島(代表撮影・共同)

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「西太平洋戦没者の碑」(左)に供花し、アンガウル島(奥)に向かって拝礼される天皇、皇后両陛下=9日、パラオ・ペリリュー島(共同)

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「西太平洋戦没者の碑」に供花、拝礼される天皇、皇后両陛下=9日、パラオ・ペリリュー島(共同)

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「西太平洋戦没者の碑」で供花後、アンガウル島に向かって拝礼される天皇、皇后両陛下=9日、パラオ・ペリリュー島(代表撮影・共同)
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天皇皇后両陛下 パラオから帰国
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150409/k10010043311000.html
4月9日 21時30分
太平洋戦争の戦没者の慰霊などのため、パラオを訪れていた天皇皇后両陛下は、予定された2日間の日程を終え、9日夜帰国されました。

両陛下を乗せたチャーター機は午後9時15分ごろ羽田空港に到着し、天皇陛下と皇后さまは並んでタラップを降りられました。
空港では、皇太子さまと秋篠宮さま、それに安倍総理大臣などが出迎え、両陛下は一人一人と笑顔であいさつを交わされました。
両陛下は9日、太平洋戦争の激戦地ペリリュー島を訪れ、日本政府の建てた慰霊碑に白い菊の花束を供えて戦没者の霊を慰められました。
そして、そばで見守った元日本兵や遺族ら一人一人に「残念でしたね」とか「どうぞお元気でね」などとことばをかけられました。
両陛下は、また、日本軍とアメリカ軍が激しい戦闘を繰り広げた「オレンジビーチ」のそばにあるアメリカ軍の慰霊碑にも足を運んで黙とうをささげられました。
そして、ビーチの近くまで歩いて、多くの人が犠牲になった砂浜に向かって一礼されました。
両陛下は、8日はパラオをはじめミクロネシアとマーシャル諸島の大統領夫妻などと共に歓迎の晩さん会に出席し、太平洋戦争の舞台となったミクロネシア地域の国々との交流も深められました。
今回の訪問は、戦没者の慰霊に加えて国際親善という側面もあり、1泊2日の限られた時間の中で多くの行事が続きましたが、両陛下は、予定された2日間の日程をすべて終えられました。
↑ここまで------------------------------------------

無事のご帰国と、
そして、天皇陛下の清々しいお顔に、何よりもほっとしました。
皇后陛下はパラオでも咳をなさっていたご様子ですし、
お疲れは、今日よりも明日にと出て来るものですから、
どうか、ゆっくりとお休みになられますように。

ところで。
天皇皇后両陛下はご高齢でもありますし、
タラップから降りられる時の工夫をどうにかして頂けないものでしょうか。
階段は気を付けていても踏み外しやすいものですよね。
皇后陛下は心配なお足元な上にヒールのある靴を履いていらっしゃるのですから、
天皇陛下と腕を組んで、というのはやはり心配です。
杖もそろそろ、お使いになられてもよろしいのでは!?

天皇皇后両陛下には、
何としても、お元気でお過ごし頂きたいと願っております。
そして。
次は、靖国神社へご親拝して頂けますように。




↓以下参考のため引用---------------------------
2015.4.9 05:10更新
関東大震災で発行中止の幻の「紀念切手」、一部がパラオに送られ焼失免れる 90年前から続く皇室との縁
http://www.sankei.com/life/news/150409/lif1504090002-n1.html

 今から約90年前、昭和天皇(当時、皇太子)の御婚儀を記念した切手の発行が計画されていた。「東宮御婚儀祝典紀念切手」と名付けられた切手は関東大震災で焼失、発行中止となったが、ごく一部が日本が委任統治していたパラオへ事前に送られていたことで難を逃れ、後に皇室へ無事献上されたという。幻の記念切手がつなぐ皇室とパラオの縁。所有者は「日本とパラオの関係を改めて知る機会になれば」と話している。(稲場咲姫)

 山梨県富士河口湖町の 会社社長、中村初男さん(68)が所有しているのは「東宮御婚儀 祝典紀念絵葉書」と書かれた封筒1点と、記念切手が各2枚ずつ貼付された絵はがきが2点。切手は縦30ミリ、横27ミリで、「パラオ局」を示す消印が押してある。

 4年前に亡くなった父の遺品で、自宅の押し入れの中から出てきた。どのような経緯で父が持っていたかは不明という。

 「郵政博物館」(東京都墨田区)や「お札と切手の博物館」(東京都北区)によると、「東宮御婚儀祝典紀念切手」は大正12年11月に予定されていた昭和天皇の御婚儀を記念して作成。1銭5厘、3銭、8銭、20銭の4種類で、筑波山や東宮仮御所が描かれている。

 しかし、同年9月1日の関東大震災で、すでに印刷されていた完成品や切手の原版は焼失し、発行は中止に。御婚儀も延期された。
 そんな中、唯一難を逃れたのが南洋庁(パラオ諸島)にあった約1千組の切手だった。当時、パラオは日本が委任統治しており、記念切手を日本と同時発売するため、事前に発送されていたという。

 後日、日本に戻った切手は、翌13年1月に挙行された御婚儀の際に皇室へ献上されたほか、一部関係者にも配布された。郵政博物館によると、中村さん所有の切手が貼られた絵はがきは関係者に配布されたものと同じ様式で、鑑定した切手買取店「おたからや横浜本店」(横浜市)は「当時のもので間違いない」としている。

 国立民族学博物館(大阪府吹田市)の須藤健一館長(69)によると、日本とパラオの間には当時、1万トン級の貨客船による人や物資の交流があった。先の大戦まで良好な関係を保ち、日本はパラオに郵便局や病院、学校も作ったという。

 中村さんは「パラオに郵便局があったことなど生活の一端を感じることができる。日本とパラオの間に人々の交流があったことも知ってほしい」としている。
↑ここまで------------------------------------------



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by Lisa_cerise | 2015-04-09 23:44 | 皇室

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