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今週のザ・プリンセス雅子妃物語レポ。悲劇を乗り越えて明日へ。

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他罰全開言い訳妄想物語、
惜しまれることもなく、
とうとう最終回の日を迎えました。
最終回といえども、ツッコミ所満載です。

文春の記事で暴露済みの「楽しかったです」メモの件も、
こちらの物語ではまぁ見事なバレ具合の作りとなっております。


ザ・プリンセス、雅子妃物語/最終回-悲劇を乗り越えて明日へ
   ◆ ジャーナリスト・友納尚子/雅子妃、愛子内親王、皇太子

週刊文春(2014/04/03), 頁:41

↓以下、レポ転載させて頂きます。---------------------------
プリババレポ奥です。したらばの避難所が重く、繋がりにくくなってます。今日でレポ最後なのに…。
出勤時間が迫ってるので今回はこちらにレポ投下させて頂きます。↓

今週のザ・プリンセス雅子妃物語 最終回レポ(今回はいつもより1ページ記事が多かったです。よって、その分レポも増えてしまいました)

2014年3月18日。この日は敬宮愛子内親王殿下の学習院初等科の卒業式。
2階のご自分の部屋で身支度をされた制服姿の愛子さま。1階のリビングダイニングルームから静かに流れるクラシック音楽に招かれるように階段から降りてこられた(原文ママ)。
「おはよう」テーブルクロスがかかった丸い嘱託テーブルに雅子妃が座っておられ、愛子さまは声をかけられた。
雅子妃は振り返られて「あら、早いのね」愛子さまの緊張をほぐすように少しおどけられた。
雅子妃はセーラー服の愛子さまをご覧になって、あらためてそのご成長ぶりを感じられたといわれた。
愛子さまを包み込むような笑顔で迎えられた一日の始まり。
愛子さまは愛猫の「人間ちゃん」の頭を撫でてから洗面所で髪をうしろで束ねて整えられた(原文ママ)。
皇太子殿下が二階の私室から降りてこられ、ソファーにゆったりと腰をかけられた。昨日のベトナム国主席歓迎行事と国賓宮中晩餐会のお疲れも見せず、身支度を済ませられた愛子さまに優しく話しかけられたという。
愛子さまは、今日で終わってしまう初等科生活を惜しまれるようだったといわれた。ご一家は食卓で洋食の朝食を召し上がりながら、小学校生活の楽しい思い出を語り合ったそうだ。部屋には春の訪れを喜ぶような鳥のさえずりが聞こえていた。

午前9時過ぎ、皇太子ご一家は東宮御所を車で出発。待機していた報道陣に向かって手を振られた。迎賓館正門前で車を降りられ学習院の正門まで徒歩で向かわれた。
正門にで報道陣の撮影を受けられた。その際20人ほどの報道陣の中から1人の記者が「おめでとうございます」と挨拶。
愛子さまに向かって「学校は楽しかったですか」と質問すると愛子さまは少しはにかまれたように「楽しかったです」と答えられた。(全文、原文ママですから!!!!!!!)
午前9時半から正堂で行われた卒業式。皇太子ご夫妻は保護者席の最前列で式典を見守られた。「敬宮愛子さん」と壇上で呼ばれると、愛子さまは大きな声で「はい」と答えられ、卒業証書を授与されると、両手でしっかりと受け取られた。
式典後、皇太子夫妻は「厳粛な中にも清々しさを感じる宵卒業式でした」とコメントを発表。ご卒漁に逢わせて
宮内庁は愛子さまが卒業文集に寄せられた作文を公開。
「大きな力を与えてくれた沼津の海    敬宮愛子」(全文引用してありました。長いんで省略します)

愛子さまは初等科にご入学され2年生の3月に通学への不安を訴えられて一時期は不登校となられたが、雅子妃がお付き添いをされることで少しずつ登校されるように。
4年では管弦楽部に入部され、チェロを担当。東宮御所では皇太子が教えられることも。
絵画や習字も専門の先生から指導を受けられていた。
5年ではバスケットボール部の一員として他校の試合に出場。
勉学に勤しまれ、得意な教科は国語と英語、6年では放送委員として伊勢神宮の式年遷宮について紹介されたこともあった。これは皇族、というお立場から愛子さま自らが企画されたものであった。

振り返ればすべては思い出。だが皇太子ご夫妻はお友達との関係から愛子さまが学校へ行きたがらなかった時期は心の底からご心配されたという。
愛子さまが幼年期の時から一般の子どもたちと一緒に関わらせることを望んでこられたご夫妻。それは皇太子ご自身が限られた環境だけでなく一般の社会からまあ不ことが大きかったためだといわれる。
両殿下は何としても不登校を克服させたかった。そうしたお気持ちの中でご療養中の雅子妃にできることが、負担の少ない愛子さまの学校へのお付き添いだったのだ(原文ママ)。

93年6月のご成婚の日の輝くような雅子妃の笑顔は今でも鮮烈な記憶として残っている。聡明で国際的なプリンセス(原文ママ)の登場によって国内はもちろん、諸外国との関係もまた一層、深まっていくだろうという国民からの大きな期待があった。
だがその期待は今の所はかなえられたとはいえない。それどころかこの数年は一部のマスコミ報道には虚実ないまぜになった雅子妃への批判があふれ、インターネット(←www)にはむき出しの罵詈雑言が並び、その品性の卑しさ、醜さは目を覆いたくなるほどだった(原文ママ)。
実のところ、そんな批判は国民の主流ではない。多くの国民は病に苦しむ雅子妃に温かい視線を送り、焦らずゆっくりご回復して欲しいと願っているはず。

雅子妃の婚約会見の日のあの輝くような笑顔はどこへいってしまったのか。なぜこういうことになってしまったのだろうか。果たしてこれは悲劇なのだろうか。
その疑問を探して関係者を訪ね歩いてきた。この連載で拘ったのはできるだけ、雅子妃の立場から振り返ってみることだった。
というのもそれまでのバッシング記事の大半はすべてを雅子妃自身の資質や成育、家庭環境など故人の責任に帰巣するものだったからだ。
そうではない。問題のありかを考えるためには、まず雅子妃の人となりに迫り、その上で皇室入りした出来事を追うほかはないのではないだろうか(まったく意味不明なので原文そのまま書き写しました)。

皇室入りされるまでの雅子妃の人生をたどることで浮かび上がったのは、雅子妃の心身の健康さとその繊細さ。
当時を知る人「秀才であることを表に出さないタイプだった」目をひいたのは「前に出ることを好まなかった」といういくつもの証言。勉強ができ目鼻立ちははっきり。
背の高い帰国子女ともなれば自然に目立ってしまう。リーダーに推されてしまうこともあったが、学級委員や生徒会役員などに自ら手を挙げることはなかった、晴れがましいパーティーに出席してもいつも人影に隠れるようにしていて、実直故の不器用さも感じられた。
そのような雅子妃が皇太子妃になることを当初固辞されたのは当然のことであっただろう。その心をとかしたのは皇太子の強いお気持ちであったことは言うまでもない。
雅子妃に初めて出会われたその日から、皇太子の中で雅子妃の明るい笑顔が消えることはなかったといわれた(原文ママ)。
しかし出会われて以来、雅子妃は執拗にマスコミに追い回された。雅子妃は全く身に覚えがないことで毎日追い回され、恐怖すら感じた。
一時はお妃候補から外れたといわれていたが皇太子の誠実な気持ちは一点の曇りもないまま。プロポーズを受けた雅子妃は長時間悩んだが遂に皇室入りすることを決心したのだ。

外出される際の華やかなイメージと異なり、東宮御所での暮らしは静寂に包まれている。時には一日中誰とも話すことはないといわれている。
ところが一歩外に出るとたちまちフラッシュを浴びせられ人々に取り囲まれる。それでも心身共に健康で希望に満ちていた。
しかしそのプリンセスの笑顔を曇らせたのは何よりもお世継ぎ問題だった。宮内庁は苦しみ悩んでいた皇太子夫妻に対する思いやりを失っていた。
ご懐妊をせかし、雅子妃を非難しはじめた。そして、ご懐妊に向けて環境を整えるとしながら国内での静養を増やして海外訪問を制限した。
お世継ぎ問題に悩み抜かれた雅子妃。稽留流産というお悲しみを乗り越えられ、待望の愛子内親王がご誕生されたときは会見で涙ぐまれた。
皇太子が雅子妃を気遣われる様子にはお二人の言葉にできない苦しい歩みが感じ取られたものだった。
だが、愛子さまが内親王であったことでお世継ぎ問題が根本的には解決されないまま、場当たり的に公務が増やされていく。
ご自分たちの手で育てたいと拘られた両殿下。子育てを人に任せて公務に邁進するか、公務を抑制しても
出来るだけの子育てを行われるか、後者を選ぶことでご夫妻はしばしば批判を受けることになってしまった。
公か私か、二者択一の論理に当てはめて論ずるより、皇太子ご夫妻が受け継がれている尊さは他にも沢山あるはずだ。
第二子(親王)出産への期待。雅子妃は疲れ切っていた。雅子妃は自らも体の異変を感じられて公務先で出会った精神科の医師に相談をするほどだった。
このように診てくると期し得今後の雅子妃が必ずしも心安らかに暮らせる環境に置かれていなかったことは確かで、雅子妃個人に責が問われることではない。
しかし心無い仕打ちはつづいた。帯状疱疹で入院された直後に宮内庁長官から秋篠宮ご夫妻へ第三子を期待する発言がなされた。
雅子妃は失意の底から抜け出すことが出来ずにいた。

翌年の5月「人格否定発言」、波紋を呼んだこのご発言は表現に限界があったことから今なお毀誉褒貶がある。
ここで言えることは、このご発言を機に雅子妃には専門医の大野医師がようやく着任したことであり、皇太子の発言がなければ、雅子妃の治療体制は整わなかったということだ。
それどころか、適応障害という病名がついても宮内庁の医師ですらメディアに仮病と言い放っていた。
これはまさにプロポーズの際に皇太子が言われた「全力でお守りする」を実行に移されたものであった。
皇太子ご自身は発言を微塵も後悔されてはいないという(原文ママ)。
療養中の雅子妃が公務を休まれて私的に外出をされたのは愛子さまの思い出作りと治療のためだった。
お世継ぎ作りのころは私的な外出を控えられていたことから外出はいけないことだという思いがあったという。だが医師団は認知の歪みを治すためにも外出を勧めたといわれた。(原文ママ)
だが、宮内庁もマスコミもご夫妻の苦渋を思いやることはなかった。その背景には両陛下を慮る宮内庁幹部たちの不満があったことも事実。
オランダ王室での静養後はご進講や公務が増えるなど回復に繋がったといわれている。妃殿下として自信を喪失された雅子妃が心を尽くされたのは子育て。
しばしばバッシングのタネになる「校外学習お付き添い」だが、事実愛子さまがお一人で登校できるようになっていることを見れば無意味なことではなかったのだ。
むしろ警備体制を含めた皇室の在り方こそが問われるべきだったろう(???原文ママ)。
愛子さまの不登校の克服は雅子妃にとっても自信になり、昨年のオランダ国王の即位式への出席。東北三県の被災地訪問などのご公務を経て、ご回復は着実に感じられる。

ご療養が長引くにつれ「雅子妃は皇室に合わなかった」という言葉も時折耳にするが、雅子妃のこれまでをたどると、問題は雅子妃個人にあるのではない。
人的な皇室のあり方そのものを考えていかなければ、三たび民間からお妃が入られたときにも同じことが起きないとも限らない。

ご成婚されて20年が過ぎた。雅子妃は皇室に入られてお幸せだったのだろうか。
東宮関係者(←www)「妃殿下は愛子さまをご出産された後の会見で『良い人生だったと思えるようにしたい』と述べられたことがありました。
一昨年の会見文書でも〈四十代最後の年となるこれからの一年の日々を大切に過ごしていくことが出来ればと思っております〉と、妃殿下としていかにして人生を送るかということを考えておられるのです、たとえご病気になっても妃殿下としてのお覚悟はこれまでと全く変わってはいないのではないでしょうか。
両陛下と皇族の方々に支えられながら皇太子と愛子さまというご家族をもたれたことは何よりの喜びでしょう」
雅子妃の人生の歩みによって励まされる人たちもいる。
いつの世も「誠実」は時に誤解を受けやすいが
(……原文にそう書いてある…)、
これからも雅子妃は自らの証として前を向いていかれるだろう。
こうした一人のプリンセスの生き方があることを忘れてはならないと思う。


\(^o^)/
これにてプリババレポ終わりです。今まで、読んで頂いてありがとうございました。
誤字脱字、打ち間違いはご容赦ください。詳細は原文をあたってください。プリババレポ奥より。
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プリババレポ奥様に感謝です~。
2年もの間、ずっとレポをして下さったおかげで、他罰物語を知ることができました。
こんなにも読むことが辛いモノって、なかなかお目にかかれそうにないですわ。

この物語って、
「できるだけ、雅子妃の立場から振り返ってみることから始まった」連載だったんですね!
確かに、皇室が、宮内庁が、国民が、と見事なまでの他罰全開っぷり、
言い訳満載でしたわ。
それに、
雅子さま本人しか知りえないことがちりばめられていたり、
静寂に包まれている東宮御所での暮らしっぷりの描写があったり、
トモノー氏はどうやってネタを仕入れていたんでしょうねぇ。
とにかく、この物語を読むことで、
雅子さまの他罰感情がようぅぅぅくわかりましたわ。


最後の最後までツッコミ所満載でしたけど、〆がこれまたたいがいで。
>雅子妃の人生の歩みによって励まされる人たちもいる。
えぇ~!!
そんな人っていますぅぅぅ~W(゜o゜)w

>いつの世も「誠実」は時に誤解を受けやすいが
へ?え?
「誠実」ぅぅ~???

>これからも雅子妃は自らの証として前を向いていかれるだろう。
そうそう!前を向いて、皇室から出ることを考える時ですよ!

>こうした一人のプリンセスの生き方があることを忘れてはならないと思う。
一日も早く忘れてしまいたい・・・。


それから、びっくりなんですけどね。
最後のページの画像の下に「そして物語はつづく」と、
やな言葉が書かれているんだそうです(゜o゜)
これって、
これからも皇太子妃としてしてはならないことを続けるわよ、という宣言ですよね?
げんなり。

で。単行本で発売されると思います!?
(みなさま、買いますの?)



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by Lisa_cerise | 2014-03-26 19:18 | 東宮家。雅子さま。

日本人の心を大切に          ・・・Lisa


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