今週のザ・プリンセス雅子妃物語レポ。

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他罰物語の前に、雅子さまがスイスへ行く可能性が高まっているという記事からどうぞ。
日本国内の公務も出来ないというのに、
スイスへ行って何か出来るんでしょうか。
・・・というか、もう決まってたりするのでしょうか?

それから。
文集「小ざくら」に載せられていた愛子さんの詩も紹介されていました。

↓以下、レポ転載させて頂きます。---------------------------
686 可愛い奥様[sage] 投稿日:2014/02/19 17:49:37  ID:99999999

週刊文春2月27日号 早読みレポ
雅子さま「2014年の別れ道」
天皇皇后は伊豆大島,秋篠宮は宮城へ・・被災地かジュネーブか

・雅子さまが今年ジュネーブを訪れる可能性が高まっている。
・スイスとの国交150周年。皇太子は名誉総裁。
・すでにジュネーブの国際赤十字・赤新月社連盟からも
 宮内庁にご訪問の打診があった。
・5月8日の「世界赤十字デー」に参加される可能性。(宮内庁関係者)
・スイスは小和田ゆかりの地。節子や礼子がフンダララ。
・問題は雅子さまのご体調と「世論対策」。
・「頭が痛いのは雅子さまの体調の判断。昨年のオランダ訪問もぎりぎり。
 スイスもぎりぎりまで引っ張るはず。5月初旬の訪問では1か月前には
 閣議にかけなくてはならず,遅くとも3月初旬には準備が必要。
 しかし3月初旬は震災3周年の当月ゆえ,他の皇族方が被災地慰問等
 されるなか,外国訪問の準備をする雅子さまは悪目立ちの恐れ。国内公務は
 どうしたという批判も予想される」(東宮職関係者)
・現在,皇太子夫妻が3月に被災地訪問という予定はない。
・雅子さまは1月25日の国立劇場以降,公務はほぼ白紙。
・昼夜逆転も一時期治ったが,今は午前中遅くまでお休みしている状況。
 ご体調は良くない。
・スイス行きは雅子さまの今年を占うビッグイベント(東宮関係者)
・そんな中,両陛下の伊豆大島ご訪問。ご高齢に加え体調も万全とは言えない中。
・秋篠宮ご夫妻も3月13日にあしなが育英会の震災遺児のイベントに訪れる。
 「秋篠宮ご一家でこの公演にご出席いただきたく,ご招待致しました」
 (あしなが育英会関係者)
・こうした両陛下や秋篠宮家の被災地に向けられたまなざしを,
 皇太子はどのような思いでご覧になるのか。
〆は,「54歳を迎える誕生日会見に注目が集まる。
以上です。


--------------------------- ザ・プリンセス、雅子妃物語/治療9年、回復の兆しは
◆ジャーナリスト・友納尚子/宮内庁、愛子内親王、雅子妃
週刊文春(2014/02/27), 頁:40

今週のザ・プリンセス雅子妃物語 レポ
2012年3月4日、陛下は東京大学病院をご退院された。
一回ロビーには病院関係者や入院患者、一般の人たちなど200人近くが陛下のお姿を見ようと集まっていた。皇后陛下と病院から出てこられると「おめでとうございます」「お元気そうで良かった」という声が上がる。陛下は「ありがとう」と手を振られた。
3月中は国事行為の臨時代行は皇太子がつとめられるが、11日の東日本大震災一周年追悼式へのご出席だけは強い御意志をお持ちだといわれた。
両陛下が病院から御所に戻られた夜には秋篠宮同妃両殿下と悠仁殿下、 黒田清子さんご夫妻がお訪ねになったが、皇太子ご夫妻の姿はなかった。

9日小町東宮大夫定例会見「ご退院後、陛下のおよろしい折りに、三殿下でご所にお見舞いに上がりたい旨、
侍従職を通じてお申し入れをされている。3月11日の式典が終わってからとの連絡を頂いており、その後の連絡をお待ちすることになっている。記者たちは違和感を持つ。
これまで小町大夫は皇太子夫妻のプライベートの事を公表してこなかったからだ。
「小町大夫は陛下の手術が終わった後にも『両殿下でお見舞いに伺いたい旨をお伝えになっておられます』
と語っていた。
今回はそれに続いての異様な発言」これに対し小町東宮大夫は「(記者から)質問されるだろうと想定したため公言しました」と語る。
記者たち「今回皇太子ご夫妻が東宮職を通じてご退院のお見舞いを申し入れたのはいつか?」と幾度も質問。
小町大夫「宮内庁がご退院を発表したすぐ後(当日午前中)」と答えた。

陛下がご退院して御所に到着するまでには時間があったが皇太子夫妻はお迎えする事はかなわなかった。
ご退院祝いには愛子さまがメッセージを書かれた手製のお見舞いのカードと花が届けられた。
後日小町大夫の発言は千代田関係者から「まるで陛下が東宮家だけお断りしているかのようではないか」と
不興をかう。
ご退院の翌日、秋篠宮ご夫妻が再び御所をお訪ねに、両陛下と夕食を共にされた。秋篠宮家は前年には
葉山御用邸で両陛下に合流。両陛下と秋篠宮家は密な関係。
「皇室では両陛下にお会いしたいからといって勝手には行けない。陛下の思し召しがあって、行く事が出来るのです。継承順位を重んじるため、順番も優先しますが、前年11月に陛下がご入院されたときには、秋篠宮家、清子さん、最後に皇太子殿下がお見舞いをされました。東宮職はこれに複雑な思いを抱いたと言われています。(原文ママ)

結局雅子妃はお見舞い当日に風邪を引かれて伺えなかった事から、今回の陛下のご入院ではどうしてもお見舞いをなさりたかったのでしょう。
手術後に移ったICUでは清子さんが付き添われ、皇太子ご夫妻がお見舞いをされた翌日に秋篠宮ご夫妻がお見舞いをされました(宮内庁関係者)同月16日、東宮大夫会見。
記者「秋篠宮(原文ママでレポします)が何度かお見舞いをされているが、この違いは何か?」
小町大夫は具体的な説明は避けた。「おそらく3月下旬にはお見舞いのお時間が頂けるかと連絡がありました」
宮内庁を通じてお見舞いの連絡を待っていた皇太子と行動的な秋篠宮のご性格の違いが現れた一幕。

そうした中、雅子妃のご療養は10年目に近づいた、報道の批判は雅子妃に加えて皇太子と東宮職医師団にも向けられた。皇太子はお一人で多くの公務をこなされながら(原文ママ)、ご病気の雅子妃と学校問題で傷つかれていた愛子さまと支え続けてこられた。そのご努力が理解される事は少なく「家庭を優先してばかり」と言われてきた。
陛下のご健康問題が持ち上がった事でさらに厳しい目が向けられるようになってきた。
雑誌記事は秋篠宮と対比する事によって、皇太子をより批判するという構図だった。こうした報道が一つの情報として国民にも皇太子ご一家のイメージを定着させていった。

同月、愛子さまは初等科4年生の修了式を迎えられた。お一人で登校され、3学期に欠席した日は一日もなかった。この日に配られた文集「小ざくら」には愛子さまの詩が掲載された。
26日、皇太子ご夫妻が陛下のお見舞いに皇居御所へ上がられた。雅子妃が外出されたのは25日ぶり。
お顔には浮腫みがみられて、ご体調が万全ではないご様子。両陛下と昼餐をご一緒。皇居内の三の丸尚蔵館を訪れ皇后陛下のご養蚕に関する展覧会をご覧に。5日後、31日にはご一家で御所に上がられて両陛下とお過ごしになった。
お気持ちも充実なさったのであろう。東宮御所に戻られるときは車の窓を開けられて、カメラマンに手を振るほど雅子妃のご表情は和らいでいた。東宮御所到着後、野村一成前東宮大夫から御用がけを退任する挨拶を受けた。
両殿下は何度も感謝の言葉をかけられたという。
そしてその週の大夫会見
「今週の妃殿下のご体調は比較的よろしい。東宮御所内でお仕事をなさいました。今日も退職する職員の挨拶をお受けになります」前回までの会見では「ご体調が悪い」「かなり優れないときがある」と発表されてきたため宮内記者は説明を求めた。それほど悪かった症状がたった一週間後に上向きになったという理由に対して。体調が比較的良いという発表に一部の週刊誌は先走る。

「エリザベス女王即位60周年祝賀行事」に両陛下がご訪英する事が難しい場合は皇太子ご夫妻に行って頂いてはと外務省が内々に打診し、雅子妃が前向きな姿勢を表したと報道した。
この報道には雅子妃が外国に行きたがっているという短絡的な見方が底辺にあり、東宮職も苦笑。
実際には雅子妃のご体調には波があり、翌週の会見で小町大夫は「お疲れがたまり、体調が崩れやすくなっていらっしゃる。当面はお疲れを取って頂く事を優先して頂きたい」と全面的に不安定である事が発表した。

お疲れの原因は愛子さまの一年半に及ぶお付き添い登校が主。
学校生活が上手く行くための学校関係者とのおつきあいもあった。そしてその合間に、東宮御所内の接見や事務的仕事をこなされていたためだと語った。

愛子さまは5年生になると新しいお友達を作られ、部活動は管弦楽部とバスケットボール部。

5月に入ると雅子妃はオックスフォード大学総長夫妻と東宮御所で懇談されたり、国連大学で聴講ができるようになった。翌月には愛子さまの授業参観にもご出席。6月1日付けで皇太子ご夫妻に苦言を呈してきた羽毛田長官が退任。新長官は風岡宮内庁次長に。

6日寛仁親王殿下が多臓器不全でご薨去。皇太子ご夫妻はご弔問を始め「拝訣」「お通夜」「斂葬の儀」「葬場の儀」にご参列された。

11日、皇太子ご夫妻はベルギー皇太子ご夫妻を東宮御所にお招きになった。両ご夫妻がお会いにあるのは6年前のオランダ静養以来の事だった。皇太子ご夫妻はベルギーでのお二人の結婚式にも参列するなど親交を深められてきた。
マチルド妃は被災地に行かれた。東宮御所に賓客をお招きしたのは08年のチャールズ皇太子夫妻から4年ぶりの事。
翌日、愛子さまが5年生の校外学習で3泊4日の白樺湖にご出発。もう雅子さまのお付き添いの必要はなかった。

そんなご様子を聞いた野本勲東宮侍従は感慨を深くしていた。
野本氏は知人に「宮様のご努力と妃殿下のお付き添いによって以前の学校生活を送れるようになりました。
一言では言えない思いが浮かんできます」と語る。その野本氏も7月で退任する事が決まっていた。皇太子ご一家に撮って信頼できる人の別れが続く。

小町大夫は6月で皇室医務主管を退任し、侍従職御用掛をつとめている金澤一郎医師が雑誌のインタビューに応じて雅子妃と主治医の大野裕医師を批判したと聞き、気をもんでいた。
数日後その内容を読んで仰天した。記事の後半が担当している両陛下の事ではなくて雅子妃と大野医師についてだったからだ。
「今、国民の中にも雅子妃殿下の行動に疑問を感じる人が出てきていると思います。つまり、詳しい説明がなされないまま自分の好きな事をなさってくださいという事と、一方でご公務に出られない事とのギャップへの戸惑いですね」
雅子妃の治療経過については「私は大野さんと出来るだけ力を合わせていい方に持っていく事が出来ればと思っていました。しかしご病気の性質などのためにあるときからこちらには情報が入らなくなってしまったのです」
「大野先生に来て頂いた所までは良かったのですが、少なくとも私が意図した方向で治療システムが構築されたとは思っていません。その点に関して残念ながら、失格だったと思ってます」
小町大夫は驚きと落胆を隠せないまま、金澤医師に直接電話をかけたのだった。

今週はこれで終わりです。誤字、脱字、打ち間違いはお許しください。

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384 名前:可愛い奥様@避難所生活 投稿日: 2014/02/20(木) 12:19:16 ID:99999999
プリババレポ奥です。転載してくださった方、それとレポ読んで頂きありがとうございます。
文集「小ざくら」に載せられていた愛子さんの詩は、これです。
(朝忙しくて省略してしまいました。)

「本当の喜び」 
           5年 敬宮愛子


おおなわをした
でもうまく飛べない
みんなはできているのに
私だけできない
すごく心細かった
みんなに申し訳ないような気がする
次の日もおおなわをした
最初はできなかった
でもこつをつかんだのかとべた
とべた!
これが本当の喜びの気がした
達成感があった
明日も
これからもこの喜びを絶対に
忘れたくないな


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転載のみですみませんっ(汗)



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by Lisa_cerise | 2014-02-23 21:57 | 東宮家。雅子さま。 | Trackback | Comments(0)

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