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今週のザ・プリンセス雅子妃物語は、「異様な親子」と呼ばれて。

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「異様な親子」と呼ばれて傷つかれた雅子さまの言い訳具合を確認しときましょう。
また、国民のせいにされて、国民を悪く言われてるかもしれませんし!

↓以下、レポ転載させて頂きます。---------------------------
92 可愛い奥様@避難所生活 sage 2014/02/06(木) 08:25:05 ID:99999999
今週のザ・プリンセス雅子妃物語  レポ  
第72回「異様な親子」と呼ばれて
雅子妃は東宮御所私室の遮光カーテンの間から漏れる朝日が疎ましかった。また朝が来た。気持ちは晴れないまま。
東宮大夫会見で宮内記者たちから「茶番」「異様な親子に映る」「税金泥棒」などといった辛らつな言葉で批判され、傷ついておられた。
小町大夫は「正常だとは思いませんが…」と認めたような発言をし、会見はそのまま終了してしまい、皇太子ご夫妻がお付き添いにかけた「決断」が想像以上に理解されない形となってしまった。
校外学習のお付き添いはこれまでの不規則登校を克服するために取られてきた方法で、最終段階であった。
こうした思いを記者に説明し得なかった小町大夫。皇太子ご夫妻との意思の疎通が未だに不十分だったためだ。
約2ヶ月半前に着任した小町大夫は、皇太子ご一家がこれほどまでに宮内記者会から不満を持たれていたとは想像もしていなかった。
「雅子さま愛子さま校外学習に宮内記者が『税金泥棒』『異様な母子』(週刊文春)
「雅子さま『母子以上行動』騒動のキーマン」(アエラ)
記事の中には愛子さまが校外学習に参加したいというのは建前で、雅子妃が愛子さまとの同伴を希望されていたのではないかという誤った見方まであった。(原文ママ)

その年は増税はやむを得ないと言われはじめていた。そうした背景もあり“税金泥棒”といった言葉は国民に強く印象に残ったのか。
後に皇太子ご夫妻が沿道にお出ましになった際には非難の声として投げかけられる事にもなった(原文ママ。沿道?駅では?)。
東宮御所でお過ごしになられる雅子妃は、ご病気の性質から遠ざけられていた新聞を震災をきっかけに再び読まれるように。
どうしても週刊誌の広告が目に入ってしまう。当時の雅子妃は広告は見ずに記事だけを読んでいたといわれる。
一方で東宮職は会見の内容を宮内記者のどの社が週刊誌に洩らしているのかという犯人探しをしていた。まさに本末転倒。
東宮職の見識が疑われた。国民の目から見れば、大掛かりな警備を持ったお付き添いを疑問に思うのは当然の事。
なぜ必要だったのかという事前の説明に意を尽くさなかった東宮職の失策である。
週の初めの9月26日。愛子さまは早起きをして、緊張気味。皇太子殿下が登校に付き添われ、門の前で引き返された。
これまでは愛子さまと一緒に門をくぐられて管弦楽部の練習をご覧になったがその日は違っていた。
東宮関係者によれば「会見で批判されたからというわけではない。当初から校外学習に雅子妃が付き添われて愛子さまが勇気を持てるようになったら、次は門まで帰ろうという事をお考えになっておられた」

そして翌日は犬の「由莉」を連れて女官と一緒に登校された。皇太子ご夫妻のお姿はない。愛子さまが皇太子ご夫妻のお付き添い無しで登校されたのは(部活動はあったが、通常授業では)実に19ヶ月ぶり。正門から軽やかな足取りで校舎にはいっていかれた愛子さまを見届けた東宮職は笑顔で小さくガッツポーズ。
その日の愛子さまは校内ですべてお一人で過ごされる事が出来た。新聞やTVなどでも大きく報道された。しかしその報道ぶりに当の愛子さまが戸惑われ、プレッシャーを感じられてしまった。翌日から三日間は風邪でお休みされてしまい、その後は車登校に。
その後から到着され待機していた雅子妃とご一緒にご帰宅。メディア「正常な登校とはいえばい」と厳しく指摘。
それだけではなくパフォーマンスではないかと言う歪んだ見方までされてしまった。
30日の小町大夫の会見「お一人で登校できたからって簡単に続くわけでもありません。
出来る限り静かに見守ってくださるようお願いいたします」
続けて「まだ10歳にも満たない一人のお子様の問題。通学問題がたびたび取り上げられる事が病気療養中の妃殿下の心労にもなっている」と強く語る。
雅子妃は校外学習のお付き添いに続き、愛子さままで批判されるようになり、深く心を痛められた。そして、お疲れは次第にたまっていき、何ヶ月ぶりかに主治医の大野医師によるカウンセリングが行われた。

10月20日、皇后陛下の77歳のお誕生日。雅子妃はご体調がすぐれなかったため昼のご祝宴を欠席。夕方は一家揃って御所へ。車の愛子さまは皇后陛下のお祝いが待ち遠しかった事、この日にお一人で登下校された報告を出来る事が嬉しかったのか、ご機嫌なご様子。反対に雅子妃は笑顔を見せられながらもお疲れが浮かんでいたという。
宴席の終了時間は夜の九時半だったが雅子妃は体調が思わしくなかった事もあり会話の区切りのついたところで20分早くご退席。
その一週間後、羽毛田宮内庁長官が異例の発言。「皇位の安定的継承に課題を残している。女性皇族の方々の年齢が結婚するご年齢に近くなっておられる。ある種、緊急性が高まって来る要素がある。内閣には事実に基づく課題は申し上げている。
一回で済む事ではないからこれからも申し上げていかないといけないというふうに考えています」三年前にも「天皇陛下が皇統の問題を始め皇室に関わる諸々の問題をご憂慮のご様子を拝している」と発言した事があった。政府は2005年に皇室典範改正案の検討に向けて動き出したが悠仁親王のご誕生で事実上凍結したまま。だが、再び長官は論議を促し当面の課題として「女性皇族の宮家創設」への可能性を問題提起した。
「会見直前の10月23日に眞子さまが20歳になられた。女性皇族が結婚して皇族でなくなれば、悠仁さまお一人になってしまう事もありえる。陛下はそうなることを憂慮されていた。そのために長官はこの課題に言及する必要があったのでは(宮内記者)」

10月29日、愛子さまが高熱を出される。熱は一度下がったもののぶり返してなかなか下がらない。咳も頻繁に。東宮御所で診察をした内科医の判断で(原文ママ!!!!)愛子さまは雅子妃に付き添われて11月1日に東大病院にご入院された。
4日の会見小町大夫「検査結果や症状からマイコプラズマ肺炎の可能性か高いと診断された。初熱の症状は落ち着かれ咳もおさまってきていらっしゃる」と述べた。翌日愛子さまは退院。ご入院された部屋が特別室であったことや病院の最上階にあるレストランから夕飯をデリバリーされたことが贅沢だと批判された。もはや何でも批判のタネにされてしまう状態に。
ICカードなどの設備により病院でセキュリティとプライバシーが守れるのはこの部屋だけであり、栄養を摂られるのが主で、全食を病院食にする必要もないと医師から告げられていたのだった。
愛子さまと入れ替わるようにその翌日には陛下が気管支炎のため同じ病院の特別室にご入院された。
陛下が発熱されたのは3日。悠仁さまの「着袴の儀」のご夕餐はご欠席。宮内庁でご診察を受けられ6日にご入院。ブータン国王夫妻の歓迎式典には皇太子が陛下のご名代として出席されたのだった。
前月に結婚したばかりのワンチュク国王とペマ王妃の初々しさには国民も魅せられた。
宮中晩餐会で国王夫妻と並んだ雅子妃の姿が期待されたがご体調は万全ではなかった事から実現しなかった。

陛下のご病状について金澤医務主管の説明。金澤医師は陛下の気管支炎の原因について「マイコプラズマの可能性が非常に高い」と述べた。
すかさず記者「愛子さまのご病気がうつったのでは」
金澤医師「発熱はある。両方とも発症されていないときの接触ですから、仕方ない事なんですが、たぶんそういうことによるものではないか」記者たちは騒然とした。金澤医師の説明が続く。
「皇后陛下のお祝いに狭い部屋でしばらくご一緒にお過ごしになっていた。あくまでも疑いですよ。東の方々には何も言ってないんだよ。自分たち悪かったのではないかと心配される危険性があるもんですから」
宮内庁の医師をまとめるトップとしては明らかに不用意な発言だった。疑いという「可能性」で陛下のご病気をかたるという前代未聞の会見であった。

12月8日、翌日に48歳の誕生日を迎えられる雅子妃の一年を振り返ってのご感想が文書で発表された。
A4判に2枚にまとめられたもの。前年の2倍近く長いもの。
「被災者の方々に直接お会いし,それぞれの方の様々な思いを伺う中で,この方々のお役に少しでも立てたらと思ったことや,厳しい状況にある被災地の方々から,逆に私の体調のことをお気遣いいただき有り難く感じたことなどが昨日のことのように思い出されます。
今でも,お会いした方々一人一人のお顔や伺ったお話がよく思い出され,被災地で苦労しておられる大勢の皆さんのことを思わない日はありません。」
「これからも,被災地の方々の思いを深く心にとどめ,一人一人の方の今後の幸せを祈り続けながら,
復興への道のりを末長く見守っていきたいと思います。」
東北3県の被災地訪問は雅子妃にとり、国民に寄り添う事ができる、大切な時間であった。

愛子さまのお付き添いについては
「昨年から,皇太子殿下とご相談をしながら,どうすれば愛子が安心して学校に通うことができるようになるか,そのために,親として何をしてあげられるのか,日々考え,力を尽くしてまいりました。学校とも相談を重ねてまいりましたが,愛子の学校への付き添いは,与えられた状況の中で唯一取れる可能性として続けてきたものでした。
そして,今年の9月には,学校からも参加をすすめられ,愛子自身も是非参加したいと希望した,山中湖での2泊3日の校外学習がありました。この時,先生方のご配慮をいただき,私が少し離れて付き添う形で,全行程一人で,お友達の皆さんととても楽しく参加できたことが,学校生活に戻っていく上での大きな自信と励みになったように感じております。」
「その後、愛子が私の付き添い無しに通学する日も増えてくるなどだんだんと良い方向に向かってきていると思います」慎重に言葉を選びながらの、雅子妃の思いが込められた文章だった。
お付き添いを、“唯一取れる可能性”と表現されている。雅子妃は愛子さまを決して甘やかしているわけでも、愛子さまから離れられないわけでもなかった事を初めて述べられた。
それは怒りでも、反撃などでもない。ただ国民に理解を求めたいという一心だったといわれた。

今週はこれで終わりです。詳細は本文を当たって下さい。ブータンの事はさすがに不味かったのかさらっとしか触れていませんでした。とにかく、ご体調が万全ではなかったそうです。
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とうとう金澤先生批判ですか。(呆)
東宮御所の医師は入院するほどの症状ではない、ということでしたよね?

ブータン国王夫妻来訪時のことも、まぁあっさりとしたもんです。
すぐ隣りの初等科には行けても迎賓館は行かなかったこととか、
触れないんですねぇ。(呆)

まぁ、とにかく。
まだまだ言い訳話が続くわけですね。


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by Lisa_cerise | 2014-02-09 00:22 | 東宮家。雅子さま。

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