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まだ続く、「ザ・プリンセスマサコ妃物語」※追加あり。

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※追加がありました!
せっかく、レポ奥様がまとめて下さったので、
体調に注意してお読みください。
>「東宮職医師団による見解@トモノーテンテーによるまとめ」というのがあります。
>かなり長く、読んでてイライラしたんでわざと朝、端折りました。
>今、ちょっと暇になったんで、以下にレポートしておきます。
>頭くるので体調の悪いかたや
>これから用事などが合って今日は忙しい人は読まない方がいいと思います。
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何気に66回も続いているとは!
今週も、ツッコミ所満載です。

ザ・プリンセス雅子妃物語(66)
愛子さまが学校に行かなくなった日

「不登校問題」への苦悩が初めて明らかに(友納尚子)

↓以下、レポ転載させて頂きます。 --------------------
避難所奥様の苦行プリババレポです
724 名前:可愛い奥様@避難所生活[sage] 投稿日:2013/12/12(木) 07:48:16 ID:XXXXXXXX
今週のザ・プリンセス雅子妃物語レポ
2009年12月29日、自然公園「こどもの国」は天皇皇后両陛下のご成婚を記念して開園した事から50周年を機に集まる事に。
残念ながら愛子内親王殿下は風邪でご欠席。両陛下、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と黒田清子さん夫妻が集い、仲睦まじいご様子。
ご一家が向かわれた牛舎では、係員が皇后陛下に容器に入った餌を手渡しした。「それを雅子妃が受け取って悠仁親王殿下の竹べらにのせられていました。悠仁さまは興味深そうに子牛によって、干し草を固めたエサを与えておられました」そんな時アクシデントが。
悠仁さまの愛らしいお姿にご一家は微笑まれながら次の場所に移動。しかし雅子妃はそれに気づかず一生懸命に餌をやっていた。皇太子殿下だけが雅子妃のおそばについてそのご様子を見守っていた。両陛下はポニーを撫でられた。バードケージでは雅子妃は皇后陛下に歩み寄られて鳥を指差しながらお話に。
昼食後には屋外で越冬中のてんとう虫をご一家でご覧に。皇后陛下「これがてんとう虫ですよ」とおっしゃると悠仁さまは掌にのせられた。そんなご様子を陛下や皇太子ご夫妻が囲むようにご覧になり楽しそうに会話をされた。
皇后陛下は虫眼鏡を持つ悠仁さまに「これでお日様を見ては駄目ですよ。人を見るのはいいですからね」と優しくおっしゃった。愛子さまもご一緒出来れば、皇后陛下とのこうした触れ合いを見る事が出来たのに。
マスコミが随行しているから雅子妃は終始緊張を感じられているご様子でぎこちなかったが、その場を盛り上げようと一生懸命に。

12月23日天皇誕生日の一般参賀にお出ましになった雅子妃は顔色もよく、翌日も「東山天皇について」のご進講に出席。28日には年末のご挨拶に御所に上がられ、両陛下と昼食を共にされている。
2010年、雅子妃は一般参賀はすべてお出ましに。しかし新年祝賀の儀や講書始の儀、歌会始の儀はご欠席。
雅子妃が詠まれたお題の「光」では例年とは違い、愛子さまの事を詠まなかった。愛子様がご誕生されてから8年間雅子妃は愛子さまの事を詠み続けていらっしゃった。「愛子さまも初等科2年歳になられてお元気に学校に通われている事から物事を客観的に見られるなど余裕が出てこられたのかもしれない(宮内記者)」

1月17日、阪神大震災の追悼式典には、はじめは皇太子お一人だけのご出席が予定されていたが、前日になって突然雅子妃の同行が発表された。16日、羽田空港から兵庫県に向けてご出発の雅子妃はベージュのパンツスーツ。
雅子妃はご静養に入られてからほとんど新しい洋服を作られていない。パンツの丈を詰めたり、上着を伸ばされたりしているだけだった。このスーツも同様だった。翌日の追悼式典。雅子妃は献花の際に90度近く深々と頭を下げておられた。震災で16歳の息子を亡くした遺族の代表者が震える声で「もう一度会いたい、会いたい」と想いを語る場面では、雅子妃の目にもうっすらと涙が。やがて涙が頬をつたい(原文ママ)、
ハンカチで目元を拭われた。
被災された方々との懇談では雅子妃は「気持ちを強くお持ちになってくださいね」と懸命に励まされていた。相手の話もなるべく時間を取って聞いていたようだ。
式典だけのご出席でなく、こうした触れ合いこそが両殿下のなさりたい公務なのだ。

↓以下追加--------------------
雅子妃が当初の予定を変更してご出席されるケースは帰京後も続いた。
19日の学習院初等科の父母会や26日の国連大学で開かれた国際衛生年フォローアップ会議にご出席された。アジアやアフリカの衛生状況についての講演に熱心に耳をかたむけられたという。
↑ここまで--------------------

東宮御所に戻られると愛子様が学校の社会科見学で銀座の郵便局に行かれた経験を楽しかったとお話しなさったという。

2月5日。東宮職医師団による見解が2ヶ月遅れで発表。(ここからあの内容がそのままずーーーーっと貼ってあります。
ドス子や宮内庁の該当ページを参照して頂けると幸いです。大変長いのでコピペは省略させて頂きます)

↓以下追加--------------------
「東宮職医師団による見解@トモノーテンテーによるまとめ」
(今後の展望)

①体調には波があり、努力しても思うようにいかない事がある。無理をして帰って体調を崩す事もあるため小さな事でも努力している事が認められるような温かい環境が望ましい。
②多くの要請に応えようとする場面が少なからずある事から、活動を適正に配分して負担を軽減する事が必要。
③公務への期待が過分な負担にならないよう配慮を要す。ライフワークは自信と心の健康を保つ事からライフワークに繋がる可能性のある活動を見つけられて、力を注いで頂きたい。
④海外訪問は負担がお大きすぎるため私的な訪問から。
⑤育児を中心とした家庭での役割も重要で団らんは大きな意味を持つ。
⑥医子さまのご成長を見守り、手助けする事が妃殿下の心の支え。先生方やお友達のお母様方と温かく
 自然に接する事も大きな力になる。
⑦自由に友人に会える機会が少なくなっていた事も心のバランスを崩す一因と考え、友人との交流も大切にして頂きたい。
⑧運動など体を動かす活動を通じた胃腸を調えて、気力や体力の充実が大切。
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(以上です。……いい加減にせえw)
↑ここまで--------------------

「見解は雅子妃のご体調を確実に回復しているとしながらも引き続き治療が必要と言う者で例年とそう変わらないもの。しかし私的部分の必要性を多く訴えていた事が目立ち、国民に“注文”をつけているような印象に。『完全復帰までどのくらい待てばいいのか』と野村東宮大夫に質問が出て、『具体的な数字を出すのは難しい』と答えていた(宮内記者)」
「妃殿下は皇室の中でご病気になられた。詳細が発表される事でまた千代田側の幹部から必要以上の反応をされる事を避けたかった(元東宮職)」見解の基となった文書が雅子妃の想像以上に詳細に表現されていたので、主治医の大野医師との関係が良くなくなったと言われていたが、事実ではなく必要に応じて関係は続いていた(原文ママ)。

2月23日、皇太子50歳の誕生日。愛子さまは風邪を引いて学校を休まれていた。37度の熱と嘔吐と腹痛があったという。
その日の朝はようやく熱も下がったが腹痛が残っていた。東宮御所の医務室で侍医の中村医師に見てもらった所、急を要するものではないと判断。医師は学校へ行かれるかどうかを尋ねた。すると愛子さまはこうお話しになった。
「学校へ行くと食欲がなくて給食を全部食べれないから残してしまうと迷惑がかかってしまうでしょ。だから今日はお休みするの」医師は優しくどうしてなのかを聞き出したというがうつむいたまま、「せっかく作ってもらっているのに悪いでしょう」といい、それ以上はお話しにならなかったという。
愛子さまのご様子は医師からすぐに野村氏に伝えられ、ご夫妻の知る所となった。両殿下は驚かれ心配された。
しかし両殿下はすぐに聞き出そうとはなさらなかった。日をおいて、改めて愛子さまに優しく聞いたところ、「学校に行くのが、こわいの」とぽつり。その理由を聞いたところ、児童の中に乱暴な男子がいて耳元で大きな声を出して脅かし、「お前」呼ばわりされたという。この話は実は前年から愛子さまから聞いた事があった。
しかし子供の学校の世界ではよくある事と、気になさらなかった。学校でもこういう乱暴な男子がいる事は把握しており、その都度、教師が指導はしていた。しかし年が明けてから再燃していたのであった。

愛子さまは下駄箱に頭を押し付けられそうになった事も両殿下にお話しになられた。中でも教師の目が離れる給食室での時間の児童のやんちゃぶりが激しかった。
あまりに乱れた学校内の出来事に両殿下は言葉を失ってしまったとも言われている。
雅子妃は楽しそうに学校へ通いながらも何も言えず、一人で苦しんでいた愛子さまを不憫に思い、そっと抱き締められたという。雅子妃の目からは涙が溢れて止まらなかったそうだ(原文ママ!!!)。

雅子妃は野村大夫にすぐ話をした。まず事実を確認するため学習院側と話す事に。野村大夫は学習院の波多野院長と理事長に連絡を取った。波多野院長は初等科長に連絡を取り事実の確認を要請。該当する何人かの男児を割り出した。以来、野村大夫と学習院側とのやり取りは密かに続いた。
愛子さまは学校を休んだままだった。雅子妃はなんとか学校に行くようになだめ、励ます毎日を送られていた。しかし、愛子さまは決して首を縦に振ろうとはなさらなかった。

今週はこれで終わりです。詳細は原文をあたって頂ければ幸いです。
誤字、打ち間違いはご容赦ください。今回はレポしたあとも元気だったので、自分のレポの読み直しを一回しました。
(しかし、2度目はする気力がありませんでした…ごめんなさいw)
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今週は、涙なくしては語れない雅子さまの涙涙のお話でございました。

それにしても。
>該当する何人かの男児を割り出した。
割り出すって、また怖い言い方ですよね。
どんなに言い訳しようとも、
記者会見で乱暴男児のことを言ってしまった時点でもう・・・。
おぉ、怖っ。




ザ・プリンセス雅子妃物語とは。
某週刊誌に連載中の、たまに暴露話がある言い訳物語のこと。
本人かごく親しい人しか知りえないような内容で、週刊誌に書かれたことがないものが詳細に綴られている。



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by Lisa_cerise | 2013-12-12 22:39 | 東宮家。雅子さま。

日本人の心を大切に          ・・・Lisa


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