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今週も「ザ・プリンセスマサコ妃物語」。

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たまに暴露話がある言い訳物語。
それも本人かごく親しい人しか知りえないような内容で、
週刊誌に書かれたことがないもの。
今週もまた、とんでもエピがご披露されています。

なので。
ぐっと堪えて読みませんか??

↓以下、レポ転載させて頂きます。 --------------------
512 名前:可愛い奥様@避難所生活[sage] 投稿日:2013/12/05(木) 08:03:11 ID:XXXXXXXX
ザ・プリンセス雅子妃物語 レポ
2009年3月3日。雅子妃は3年ぶりにお一人でのご公務に復帰。「第42回なるほど展」。
雅子妃はお顔にむくみが。お疲れのご様子。取材が許可されたのは15社のうち半分以下の6社。東宮職の取材規制は続いていた。
2日後、東京ドームで行われたWBCの開幕戦でも撮影が許可されたのは2分間。皇太子殿下と着席の後のこと。カメラの位置は両殿下から60m離す事。代表撮影のみ。東宮職からの説明「カメラが、妃殿下の負担になるから」
かつて雅子妃はお妃候補としてカメラから追い回され続け、嫌な思いをされていた。ご病気からそれがより敏感に。記者を信用していないとか嫌悪しているわけではなく、「見られ方」によって、自分はよく思われていないのではないかと否定的に捉え、不安になられるそう。
原監督やイチロー、田中将大選手と面会され、帰りにはダルビッシュとも言葉をかわされた、記者たちは雅子妃の笑顔を遠目で見ながらやりきれない気持ちに。

その年2月に父親の恒氏が国連の国際司法裁判所の裁判所所長に。ご両親の帰国はまた遠のいた。3月には末綱氏が辞職。東宮職幹部の7人中5人は他省庁からの出向。平均在職年数はわずか3年。これは皇太子夫妻と合わないなどと言う事ではなく、寄せ集め官庁のため出向者が宮内庁に腰を落ち着かせたがらないともいわれる。(原文ママ)
さらに福迫美樹子氏が養育掛を辞任。
4月10日、両陛下は金婚式を迎えられた。陛下は皇后陛下に「よく耐えてくれた」とお言葉を。民間から皇室入りされた皇后陛下のご苦労は並大抵のものではなかっただろう。両陛下の言葉を聞かれた皇太子ご夫妻は、短い言葉に刻まれた歴史をどのように受け止められたのだろうか。雅子妃は金婚式のお祝いの諸行事にご出席。予定が詰まっていた。
15日には愛子さまの初めての保護者会、翌日には両陛下を祝う写真展、17日には「雅楽特別演奏会」を両陛下とご一緒に観賞される予定に。19日にはみどりの愛護の集いにご出席された。
実は雅子妃が写真展に行かれるかどうかは直前まで未定であった。しかし15日には両陛下、翌日16日には秋篠宮ご夫妻がいかれるとなれば長男の皇太子ご夫妻がいかないというわけにはいかない(原文ママ)。

写真展には銀製の二つ折りのコンパクトなフォトフレームが。これは皇后陛下が94年にニューヨークのティファニーでご購入されたもの。同じ品を雅子妃にプレゼントされたという。皇太子の85年の会見で「ニューヨークのティファニーであれやこれやとものを買う人ではちょっと困ります」という発言があった事から。皇后陛下「せめて一つくらい…」
雅子妃が奮起してご出席されたにもかかわらず、同日の昼の園遊会をご欠席された事から、「園遊会には出られなくて写真展には出られるのか」とメディアから疑問の声が上がる。(ほぼ原文ママ)

6月9日、皇太子夫妻はご成婚16周年を迎えられ、夕食会には両陛下を始め秋篠宮ご一家、黒田清子さんご夫妻、妹の池田礼子さん夫妻、渋谷節子さん夫妻の16人をお招きに。野村大夫「和やかな楽しいひと時をお過ごしになられたようでございます」と語った。両陛下の即位20周年の諸行事が行われるため、東宮妃としてそれらにご出席される事が目標に。体力を温存し、心を落ち着かせ、体調を整えなくてはならないため、泊まりがけの公務はなかったが、実は東宮仮御所でのご接見やご会釈は前年よりも増えていた。
愛子様の子育てに関わる事は妃殿下のご負担が少なかったため、実践しやすかった。愛子さまの初めての映画鑑賞、プロ野球観戦、ご家族での外食、妹の礼子さんの自宅での花火大会観賞、那須御用邸での約2週間の静養。那須ご静養中の、東宮仮御所から改装された東宮御所に引っ越しが行われていた。御用邸には秋篠宮殿下が立ち寄られお食事をともに。

ご静養先から戻られた翌日、愛犬ピッピが病死。この年の2月には妹犬のマリが死んだばかり。二匹の犬は愛子さま手作りのバンダナとともに赤坂御用地内で荼毘にふされたという。
「『まり』が死んで愛子様がとても悲しんでおられたので同じ雑種犬を動物病院から譲り受けたそうです。愛子さまが『ゆり』と名付けたそうです(東宮職関係者)」

雅子妃は、両陛下の誕生日や即位20周年のお祝いに関連する準備や引っ越しの後片付けに追われていた。10月5日風岡次長が会見で「8月初めに『新居にうつったら両陛下をお招きしたい』と言われていたが
すすまないため陛下が『雅子妃の健康に問題があるのでは?』と心配されている」と語った。
東宮御所での両陛下のご招待が実現したのは11月25日。ご即位20年とご成婚50年をお祝いする夕食会を開催するためであった。総勢43人にもなった。雅子妃はこの日のためにお食事のメニューを大膳課と相談して決めたり、テーブルの装飾などを準備してこられた。
両陛下がご内宴を退席なさる時、愛子さまがブーケを手渡された。
歌会始の和歌の締め切りや12月9日の誕生日のお言葉など年末の慌ただしい予定が続く中、「東宮職医師団の見解」の文書が出来上がった。それをご覧になって雅子妃は驚き、目を止められたという。

「雅子妃のご病気の具体的な症状やどういうときに不安になられる事が書かれていたといいます。原因については触れてはいなかったものの、受け取り方によっては波紋を呼ぶのではないかと、両殿下は懸念された(宮内記者)。」
見解文書は医師団が書き、野村大夫がチェック。そのあと皇太子ご夫妻が確認。その年は例年よりも踏み込んだものになることは以前から野村大夫が述べていた。ただ、想像以上の内容に戸惑われた「雅子妃がご病気になったのは皇室の中での事。陛下はその事自体にとてもショックを受けられた。
ご病気について詳細の説明がされると両陛下のお祝いに水を差しかねない。そのため妃殿下は皇太子殿下と相談。表現を削除したり変えたりなさった(宮内庁関係者)。」

結局誕生日には見解は間に合わず。12月9日の村東宮大夫から見解の作成が遅れていると発表。見解発表の予定は二転三転。年内最後の会見の25日になると言ったかと言えば、「25日よりさらに送れる事もありうるし、年明けと言われればそちらのほうに可能性があるかもしれない」という。
新年に病状の発表と言うのはふさわしくないと記者が指摘すると、野村大夫は「リスクマネジメントと言われれば認めざるを得ない」としどろもどろに。見解の発表が遅れた事で記者達からは「雅子妃のご体調は相当悪いのではないか」 「適応障害という病名が変わるのでは」と憶測が出た。
雅子妃は「医師団の見解」を何度も読み返しながらため息をついていたという。

今週はこれで終わりです。誤字脱字、タイプミスお許しください。
これはただのレポゆえ、詳細は原文をあたって下さい。無責任でごめんなさい。
お察しください、レポし終わるといつも感じてるんですけどプリババ原文も、
((自分のレポさえも)友脳の文はもう二度と読み返したくないんです。
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ふうぅぅっ。
原文はさぞや・・・。レポ主さまに感謝です。

今週もツッコミ所満載でした。
いろいろあるんですけど、
びっくりしたのはこれです↓
>二匹の犬は愛子さま手作りのバンダナとともに赤坂御用地内で荼毘にふされた
御用地内で荼毘にふされたのですか?
庶民は業者さんにお願いしたりするんですけど、
御用地内はお清めされた場所だと思っていました。
ちょっと、そのへんのことは分かっていませんが、
京都御所に例えてみたら、有り得ないことだと思うんですよね。

そして見逃せないのはコレです↓
>「東宮職医師団の見解」の文書
>表現を削除したり変えたりなさった

あの怪しい雅子さま的日本語の文書は、
やっぱりそうだったんですね!!
まぁ、文章がアレでしたから~。


でもこれ。
今週も楽しみだわっ♪買わなきゃ♪♪・・・と読む方もいらっしゃるのでしょう!
きっと・・・。


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by Lisa_cerise | 2013-12-06 00:07 | 東宮家。雅子さま。

日本人の心を大切に          ・・・Lisa


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