今週も続いていた「ザ・プリンセスマサコ妃物語」

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せっかく病院の待合室に置いてあったというのに、
他罰全開物語はなんだか読む気になれなくて飛ばしてしまい、
いつものようにレポを読むことに。

この物語は、雅子さまが書かれているのでは?と思ってしまうくらい、
その場にいないと、本人でないと判らない心情の吐露があったりするので、
完全無視をするわけにもいかないんですよね。

というわけで、勇気を持ってツッコミつつ読んでみませんか?

↓以下、レポ転載させて頂きます。 --------------------
275 名前:可愛い奥様@避難所生活[sage] 投稿日:2013/11/28(木) 08:12:55 ID:XXXXXXXX

今週のザ・プリンセスマサコ妃物語 レポ
2008年12月16日。天皇陛下が誕生日会見を行わないと宮内庁が発表した。
「陛下のお疲れやストレスの軽減」とその理由を語った。
「陛下の体調は深刻な状態ではないが、記者会からの事前質問に悩まれたからではないか。
その年の2月、愛子様の参内が増えていないということを羽毛田長官が会見で発言したこと、(皇太子殿下ご自身が発言した事なので大切になさって頂きたい)と語った事に対し、陛下のお考えを伺いたいという質問があったからです(宮内記者)」
08年は愛子さまの参内を巡る皇太子殿下の発言を始め、長官医務主管の皇太子ご夫妻への苦言のような
発言があり、野村東宮大夫の反撃があった。陛下の会見お取りやめで自体は沈静化したかのようにも見えたが今度は宮内庁の外側からも皇太子ご夫妻は批判され続ける事になってしまった。

12月19日、羽毛田長官は東宮仮御所に出向く。「昭和天皇20年式年祭の儀・皇霊殿の儀」で両陛下のご名代として両殿下が望まれる事を皇太子に直接話をした。
雅子妃が批判された理由…それは公務と宮中祭祀のご欠席であった。宮内庁関係者中にはそれを「宮中祭祀を大切になさらない」「宮中祭祀がご病気の一因ではないか」と議論するものまでいた。しかしそれはすべて勝手な憶測であった。
ご病気の雅子妃は、準備に時間がかかる祭祀に臨まれるのは難しかったのだった。

皇太子も雅子妃は決して祭祀を軽んじていないという事を06年の会見で述べられていた。「宮中祭祀は公務よりも重い行事で、両陛下のご名代を断るというのは事実上天皇家の長男としての役割を放棄するという事になりかねませんし、祭祀に臨めるのかと両殿下は相当悩まれた(東宮関係者)」
雅子妃は皇太子妃としての責任を全うされたいと願われていたという。その日を境に、主治医の大野裕医師が東宮仮御所に出入りする回数が多くなった。祭祀まで時間がなかった。その月に予定されていたご家族揃ってのクリスマス・イルミネーション見学や妹の池田礼子さん親子とのクリスマスパーティの予定も急遽お取りやめに。
祭祀に向けての打ち合わせやしきたりの順番を覚えなくてはならなかった。雅子妃はご病気の性質から自信を失いがちな傾向があった。式年祭に向けて気分がふさぎ込まぬようカウンセリングが続く。
ご病気の雅子妃にとり、こうした事がいかに大変かという事は健康な人にはなかなかわからない。急に不安が訪れ心臓が高鳴り、眠れなくなったりされていた。ご自身でそういうお気持ちになるときは予想がつくため、常にお気持ちを整えなければならない。
楽しかった事、嬉しいと感じられた事を何度も思い出されて切り替えられていた。日頃からの私的外出を通じ、楽しいと思える場面を増やし、そうしたカードを何通りも揃える事が治療に役立つ。そのためにも私的外出は必要だった。


「妃殿下はまず、両陛下のお体を案じられていた。ご自分への批判に端を発した皇太子批判に責任を感じられておられた(宮内庁記者)」果たして雅子妃は出席出来るのか。宮内庁は出席を未定にした。ギリギリまで体調を見極める事に。宮内庁の中には常陸宮ご夫妻への依頼に変更すべきかという声もあったという。
雅子妃は年末諸行事の合間をぬって式年祭に出席するための準備を続けられていた。ご療養5年間で最も緊張感が続いた時間だったにちがいない。そんな中12月23日、天皇陛下お誕生日に公表された陛下の文書。
>皇太子妃が病気の今、家族皆で、支えていくのは当然の事です。
>私も、皇后も、将来想い立場に立つ皇太子、皇太子妃の健康を願いつつ、二人の力になっていきたいと願っています。
と述べられた。雅子妃はこの言葉に励まされ、この後から、ご体調は上向きになり安定するように。
09年1月1日。雅子妃は新年祝賀の儀にご出席のため皇居に向かわれた。午後からは宴会の儀にもご出席。翌日の一般参賀はそのすべての回にお出ましに。祭祀へのご出席が出来るかどうかの最終確認をする前日6日。雅子妃のご体調は安定していた事から午後6時半、ギリギリの発表になった。

7日。武蔵野陵では両陛下と皇族方、麻生太郎総理大臣ら約80人が参列して「昭和天皇二十年式年祭・山稜の儀」が行われた。
雅子妃は午前8時半、準備のため皇太子より一時間ほど早く皇居に向かわれた。車の窓を閉め、緊張された表情。まず皇居宮中三殿に近い東宮妃決斎所」で身を清められる。たらいのお湯で腰から下を清めて体の上方からお湯を浴びる。
付着した水は浴衣場のものを着て取る。紙は鬢付け油でおすべらかし。衣装は十二単に似た五衣、小桂、長袴。重ねて着ると10キロにもなる。
しきたりは以前よりは簡略されたと言われているが、それでも2時間近くかかる。
「妃殿下は儀式に一つでも粗相があってはならないという思いから過度に緊張されていた。病気の性質から妃殿下としてあれもこれもやらなければいけないと先を急がれる傾向にあったのに、さらに緊張をなさり、とてもお疲れになったと思う(宮内庁関係者)」
だが、雅子妃は宮中祭祀を無事に終えられた。野村大夫も「お務めを果たされ、去って行かれる妃殿下のお姿を拝見して本当にほっとしました。とても嬉しく思った」と本音を吐露。

二日後に発表された雅子妃のご感想
>天皇・皇后両陛下よりの温かいお心遣いをいただき、おかげさまで無事に昭和天皇二十年式年祭に皇后陛下のご名代としての参拝を
>させていただくことができましたことを大変有り難く思っています。
野村大夫は「皇后陛下から久しぶりの参拝という事でお仕度などの事について細やかなお心遣いをいただいた」と明かした。
だが、雅子妃や東宮職が宮中祭祀にやっと復活出来たという喜びとは反対に、メディアの反応はどこか冷淡。
「祭祀をやりたがらなかったのだから、ご名代で臨むのは当たり前の事」という見方があったからだった。
雑誌には同月の孝明天皇の例祭の儀の祭祀や、八代行啓の一つ「冬季国民体育大会」など次の公務にご出席する事を期待した記事が並ぶ。
しかし、実際の雅子妃には、お疲れが大きな波となって押し寄せていた。「快調だった生活のリズムがくずれ、朝に起き上がれなかったり食欲がなかったりされたといいます。やる気が起こるまでには時間がかかってしまい、出来ない事にまた落ち込まれるなど、やり遂げられた後のご体調の方を東宮職は心配していました(宮内記者)。」

メディアには前年の「皇太子ご夫妻に天皇の『ご失望』」「雅子さまへの“最後通告”」といった批判的なものよりさらに厳しい記事が並ぶように。祭祀に復帰したのに、批判はやまなかった。
「秋篠宮が天皇になる日」「皇太子さまは『譲位せよ』、小和田家は『引き取れ!』雅子さま不要論の過酷」というタイトルが。7月には橋本明氏が「平成皇室論」を出版。離婚、別居、廃太子という言葉で独自の見解を示す。
「雅子妃批判は小和田家批判に展開し、皇太子批判は秋篠宮賛美論に大きく変わろうとしていた。そうして
秋篠宮家が存在を増す中で、小和田家が皇位継承を混乱させているといったものまであった。
宮内記者の不満も増す。「取材撮影は許可されない事が多く、記者会は約束を守っている。それなのに一方で隠し撮りされたような写真が掲載されると複雑な気持ちになった。お妃候補になったときからのマスコミに対するトラウマなのかもしれないが、記者も代替わりをしている。いつまでも雅子妃の信用されないのは残念だ」

記者と東宮の関係は良いとは言えなかった。2月9日の皇太子のベトナム訪問前の会見では雅子妃が同行されない事への質問が。「雅子は依然として病気療養中であり、外国訪問については移動距離、訪問期間、訪問中の行事などの観点から慎重な判断をする必要がある」と説明される。そして20分経過した所で大森茂東宮侍従が会見をいきなり打ち切りに。
翌日宮内記者会は野村大夫に抗議。「国民の知る権利を尊重しないやり方」という文書を提出。
野村大夫からは謝罪文が。後日の大夫会見でも「あれは不味かった」「ある意味失敗した」と反省の弁を繰り返す。それでも記者会は納得がいかずに会見に事前質問がある事、東宮内の意思疎通の統一が図れていないことなどぶつける。
20日、皇太子は今度は49歳の誕生日会見を行った。
天皇陛下のご心労,ご心痛の原因と皇位継承の問題については、皇太子殿下は「この皇統の問題については,これは私は発言を控えるべきであると思っております。率直な私の気持ちが,やはりこういう問題には,私は口を差し挟むべきではないということであります。」

雅子妃の公務復帰については 「体調が良いとどうしても頑張り過ぎる傾向があるため,お医者様からは,無理をして回復が逆行することのないよう慎重を期す必要があることということです。」実際に雅子妃は祭祀の後は仮御所内で外務省担当者からのご進講を受けられただけで2ヶ月近く公務を休んでいた。
会見は20分の予定が30分に。20分後再び皇太子が戻り「一言申し添えたい」と会見再開。
述べられたのは理解されにくい雅子妃のご病状についてであった。「先ほどの質問でちょっと言い落としていたのですが、雅子にとって,一つの公務をする場合には周囲の期待もありますので,それに全力を傾けることになります。お医者様からはほかの活動もいろいろとしたらよいと言われていますが,その場合には,それらの活動を,言ってみれば,犠牲にすることにもなります。また,日数をかけて準備をすることになります。
(中略)一つの公務をする場合にそれだけ多くの日数を取ってそのための準備もします。それに伴って
結果としては疲れも残る事もあります。次から次へと新しい公務をすることはまだ難しいのです」
皇太子が会見を再開したのは初めての事だった。雅子妃のご病気について国民から理解を得たいという切なる訴えであった。しかしこうした想いは宮内庁にすら届かず、ホームページの「皇太子殿下の誕生日に際しての記者会見」では「次から次へと新しい公務をする事はまだ難しい」という文言が両殿下の許可なく削除されてしまっていたのだった。

今週はこれで終わりです。誤字、打ち間違いあったらごめんなさい。
詳細は原文をあたって頂けると、と思います。
--------------------


どうでしょう???

次から次へと新しい公務をすることはまだ難しい
時代に即した皇室をと言う前に、皇太子妃は無理だということですよね。

ご病気の雅子妃は、準備に時間がかかる祭祀に臨まれるのは難しかった
と言いながらも、
その月に予定されていたご家族揃ってのクリスマス・イルミネーション見学や
妹の池田礼子さん親子とのクリスマスパーティの予定も急遽お取りやめ

宮中祭祀をするために、
クリスマス・イルミネーション見学や妹親子とのクリスマスパーティを中止しました、・・・て?
ちょっとおかし過ぎますよねぇ。
神道の総本家だというのに、どうしてキリスト教の行事が出てくるのでしょう?
それに、これでは、そのイベントがまるで雅子さまのためにあるものだと言わんばかり。(自爆ネタ?)

儀式に一つでも粗相があってはならないという思いから
儀式の前に、公務でもあってはならないこと、続出なんですけど。

着物を着ない理由にもイラッとしたのですが、
宮中祭祀に出たら「お疲れ」って(呆)
5年前から祭祀に出ていないまま、
10年でこの一回だけだなんて、たいがいです。
改めてこっちが疲れました。

最後に出席されたは2003/9の秋季皇霊祭でございました。(遠い目)
 ↓ こちらをご覧になってください。
【雅子さま祭祀一覧】(1999~2009年)

楽しかった事、嬉しいと感じられた事を何度も思い出されて切り替えられていた。
日頃からの私的外出を通じ、楽しいと思える場面を増やし、そうしたカードを何通りも揃える事が治療に役立つ。そのためにも私的外出は必要だった。

楽しかったこととは、やっぱりグルメですよね?
○○が美味しいかった!
ミシュランに載っていた○○へ行って嬉しかった!!
とかを思い出すわけですね。
フランス料理だけでなく、
中華料理へも行ってカード揃えると治療に役立つんですね。
だから私的外出は必要なわけですか。はぁ・・・。
しかも、宮中祭祀の一つでこんなに。

結局、一番言いたいことは、これ↓でしょうか?
「次から次へと新しい公務をする事はまだ難しい」という文言が両殿下の許可なく削除されてしまったけど、「次々と公務をするのは難しい」んです。
今年に入ってから何度も目にしてますから、
聞き飽きましたけど知ってますよ~。

こういう事を言いながらも次代は皇后にとしっかり思われているからこそ、
国民は不安で不安で仕方ないんですけど・・・。



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Commented by ささら at 2013-12-02 04:12 x
数行読んで斜め読みになりました。
記事を読む方の体調が悪くなりそうです。
エントリーお疲れ様でした。
責任感がおありなら、セカンドオピニオンを受けて治療に専念して下さい、としか言えません。
瓦版の方が文章力があると断言できます。
不思議なのは、何故、外交官の家庭に生まれ外交官を目指していた方なのにマナーが全く身に付いていないのでしょう?
ど庶民でも服装に気を使うし、手袋プレスはしません。
十二単以前の重さ以前の問題ですけど。
詭弁とは、こういう論調をいうのだとよく分かります。
最早、妄想物語。
宮城のバッジが北の国と言われましたが、こちらも十分北の国からのお手紙ですね。
間違えて汚くにと書いてしまいました。
早く暗黒時代から抜け出したいです。
Commented by Lisa_cerise at 2013-12-03 22:38
☆ささらさんへ。
読んだ国民の体調を悪くさせる物語、ですが、
あえてエントリしてます(汗)
いちいち、ツッコミを入れるのでなかなか進まないという・・・。

ほんとにたいがいですけど、
何と言っても雅子さまからのお言葉ですものねぇ~。

たまに自爆も入っているのだけが楽しみでもあります。
by Lisa_cerise | 2013-12-01 00:41 | 東宮家。雅子さま。 | Trackback | Comments(2)

日本人の心を大切に          ・・・Lisa


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