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今週のザ・プリンセス雅子妃物語 「最後通告」

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今週も、安定の他罰全開言い訳物語の模様です。

↓以下、早読みレポを転載させて頂きます。----------
今週のザ・プリンセス雅子妃物語  レポ
2008年夏、東宮御所の改修に伴い皇太子ご一家は、赤坂東邸に移られる予定だった。
老朽化が著しく、廃刊や電気系統の設備を新しくするため。赤坂東邸は東宮御所が広さ約、5200㎡に対して700㎡と手狭。ご病気となった今、定住環境が変わる事は不安の原因にもなりかねなかった。また荷物の梱包や運搬は職員が行うが、大事なものの仕分けや指示は雅子妃自身がされなくてはならなかった。
お疲れが懸念された。東宮職がその年の初めに掲げた課題は「(妃殿下のご体調において最もクリアしなければならないのは東宮仮御所への引っ越し」と語っていたほど。
引っ越しの日が近づくに連れて雅子妃は荷物をまとめる作業に追われる。愛子さまはご自分の荷物の箱にはご自分で「敬宮愛子」と大きな文字で名前を書かれたという。
引っ越しの準備を終え、8月下旬から那須御用邸で静養されたがお疲れは残ったまま。那須に遊びにきた愛子様のお友達家族との食事会も連続してキャンセル。
皇太子ご一家の那須入りから4日後、両陛下は軽井沢でご静養に。「すれ違い」と表現した女性誌も。
秋篠宮ご一家は両陛下と合流されて、共に時間を過ごされる。

ご静養を終え9月には雅子妃のご体調は幾分か安定しはじめ、ご用地内で愛車のカローラを運転。殿下と一緒に夜に散策。東宮仮御所では赴任大使のご接見や皇宮護衛官のご会釈をなさっていた。
ご接見は皇太子お一人の予定の所へ急遽お出ましになるようになり、テニスの観戦もご欠席の予定だったが前日夜にご出席と発表したが、当日朝にお取りやめ。
「これまでは当日に体調がすぐれずにご欠席をされると、メディアから“ドタキャン”と言われていたが、少しお元気になってお出ましになられると“ドタ出”と言われるようになった。
東宮職も雅子妃の体調にあわせて予定変更を発表するなど、追われていた(宮内記者)」ご公務の外出は無理だったが仮御所での予定はこなされていた、しかし、こうしたお姿は報道されないために休んでばかりいるといったイメージが強くなった。
ようやくお元気なお姿を国民に見せたのは10月1日。「第63回文化庁芸術祭祝典」ご観賞。ご体調が良かったので当日にご出席が決まった。この頃は都内でのご鑑賞が精一杯だったようだったが、宮内記者からは厳しい意見も出るようになっていた。10月12日、愛子さま初等科初めての運動会をお一人でご観戦。皇太子は同日に「全国障害者スポーツ大会」にご出席されていた。

雅子妃がご公務を欠席され運動会にご出席される事を野村東宮大夫が発表したのは10月3日の定例会見。
野村大夫は「総合的に考えて無理だと判断しました。」と述べた。だが、宮内記者は大事な行啓よりも私的優先と見られないかと指摘。「皇室の積み上げてきたものを考えると、ある意味とんでもない事。危機感すら感じる。このまま行くと皇室への敬愛がくずれかねない(あるベテラン記者)」
野村大夫は行啓を軽んじている訳ではないのは当然としながらも「依然としてご病気でご体調には波があり治療中で苦しい状況を理解していただきたい。大分は残念ですが、運動会は可能であるなら出させて頂きたい。いずれにしろ対応の仕方は間違えないようにしないといけません」
記者が危惧したように公務を休んで私的外出は確かに理解されにくいかもしれないが、経緯を細かく見なければならない(ほぼ原文ママ)。
1月には雅子妃はやはり長野国体冬季大会に一泊二日で行かれた事から、その年の二度目の大きなご公務へのご出席が期待されたが、夏は体調が万全ではなかったため、皇太子お一人と決まった。
皇太子と皇太子妃のお立場の違いを考えれば単独へのご出席が大会の軽視に繋がらない事は言うまでもない(原文ママ…)。9月にはすでに主催者側には(雅子妃欠席の)了承を得ていた。

雅子妃は泊まりがけ公務は難しくても短時間の外出なら可能であった。医師の指導に添いご体調に合わせて臨機応変にスケジュールを組む事が進められていて、東宮仮御所から歩いて3~4分の学習院初等科の運動会観戦はこのときにおいて「できること」であった(原文ママ…)。
このように見て来ると私的外出を優先して公務をご欠席した訳ではないことがわかる(原文ママ…)。
これは決して、ご公務を選んでいるわけではないが、結果的にそうならざるを得ない。その苦渋が野村大夫の歯切れの悪い発言に繋がったのであった。こうった微妙な事柄には細やかな広報が大切なのに記者との関係はよいとは言えなかった。宮内記者会は主治医の大野医師の見解文書ではなく会見を求めた。
しかし、守秘義務から実現されていない事に記者側から不満が。東宮職からすれば主治医の「見解」を発表しておりそれ以上の事は精神疾患というご病気の性質上、難しかった。

10月20日、74歳を迎えた皇后陛下「妃は皇太子にとり、また私ども家族にとり、大切な人であり『妃の回復を 祈り、見守り、支えていきたい』という私の以前の言葉に変わりはありません」
雅子妃は温かいお言葉を寄せて頂いた事に感謝をされたという。また、愛子さとの交流にも触れられた。
愛子さまは皇后陛下を「ばばさま」と呼ばれてお菓子などを頂くと「ばばさまからいただいたのよ」と嬉しそうに自慢をされるそうだ。皇后陛下の温かい言葉に励まされるように雅子妃のご公務が増えていった。

30日にはイギリスチャールズ皇太子とカミラ夫人を東宮仮御所に招かれ、晩餐会を共にされた(原文ママ)。
晩餐会は3年ぶりのこと。事前の準備から、そうたやすいものではない。雅子妃はまず現在の英国に着いて大使からご進講を受けられた。
メニューを考えられるため、英皇太子夫妻の好きなものを外務省に問い合わせ、衣装を合わせられ、ホステスとして楽しませる会話も考えなくてはならない。そして当日は3時間近くをこなされたのだった。
筆者が驚いたのは11月10日、国賓歓迎行事にご出席された事。
雅子妃のご病気のきっかけの一つではないかと言われたメキシコ大統領夫妻の来日以来、5年ぶりのご出席。当時の辛いお気持ちを思い出されて、ご出席は難しいと東宮職内では危ぶまれていた。
このときの国賓はスペインのファン・カルロス国王夫妻。皇太子とフェリペ皇太子の仲も親密である事から雅子妃は奮起されて、参列されたのではないかと言われた。
「歓迎行事は20分程度。雅子妃は鮮やかなピーコックブルーのスーツ。ぎこちない挨拶で殿下にぴったりと寄り添うようにしておられ,緊張気味だった(宮内記者)。」宮中晩餐会はご欠席。翌々日のご夕餐の後のお茶席にはお一人で皇居に参内された。
「国王夫妻をお見送りされた後、両陛下と30分ほどご歓談。その後、ご接見をこなされ翌日も赴任大使のご接見と外務省国際情報統括官によるご進講と一日ニ件のご公務をされた(東宮職)。」
出来る事から少しずつ大きな公務への復帰、雅子妃にとってご回復への大きなステップだった。

不審な動きが見えたのは雅子妃の誕生日の12月9日。
金澤一郎医務主幹の会見「陛下の不整脈は落ちつかれましたが十二指腸に炎症が見られます」と述べた。さらに、「天皇陛下はご心労、ご心痛をずっと耐えていらっしゃった。これが大きな問題というのが私の印象です」 そして肝心の「ご心労」が何であるかは羽毛田長官が会見すると予告したのだった。
その夜ある宮内庁幹部は自宅を訪れた宮内記者にはっきりと「あれは赤坂(東宮家)への最終通告だ」と語ったという。
雅子妃が復帰に向けて努力されようやく体調が上向きになっていた矢先に金澤主管はなぜ敢えてこうした発表をしなければならなかったのか。あたかも雅子妃の回復を望まないかのように受け取られた。
雅子妃はこの日、風邪のため発熱。ご御所に参内して両陛下に挨拶をなさる事も中止。東宮仮御所での祝賀行事もお取りやめに。

12月11日、羽毛田長官は「私なりの所見」と前置き。陛下のご心労について。
「ここ何年かにわたり、ご自身のお立場から、常に御心を離れる事のない将来にわたる皇統の問題をはじめ皇室に関わる諸々の問題を憂慮いただくというようなご様子を拝して参りました。」続いて報道のあり方について。
「両陛下は東宮妃の回復を願ってこられた。一部で『公務をなさらない事に不満を持っていた』『オランダ静養に赴かれたことに批判的であった』と報じられたが、両陛下からこの種のお言葉を伺った事はない。」続いて
皇室そのものが妃殿下に対するストレスであり、ご病気の原因ではないかといった論がなされることにたいして「両陛下は深く傷つかれた」と述べた。
皇太子が発言してきた公務の見直しについては「長官として具体的な提案をお待ちしている。両陛下がずっと心配になっておられた事は、妃殿下の適応障害のみならず、昨年皇太子殿下がポリープの手術を受けられたが、そのときも両陛下はポリープの大きさに驚かれ(中略)、 殿下が定期検診を避ける事のないよう、願っておられる。」
長官が明かした陛下のご心労の原因とは「皇位継承問題」「雅子妃を巡る報道のあり方」「公務の見直し問題」 「皇太子ご夫妻の健康」。
内容はほぼ皇太子ご夫妻にまつわる事であり、原因は両殿下にあると名指しされたようなものだった。

ご懐妊を巡り心を痛められた皇太子ご夫妻にとり、この会見はどれほどの衝撃だったろう。ご夫妻はこのころはまだ、第二子のご誕生をお考えであったとも言われていた。
定期検診を“避ける”という表現も意味深長であった。皇太子はポリープが見つかる前から定期検診は受けられていた。
この会見より以前に、宮内庁から「今後は東宮職で責任を持って両殿下の健康管理をするように」と指示を出され東宮職も了解済みだった。つまり宮内庁には健康管理の責任はないという宣言だった。
長官発言の翌日、野村大夫の発言。
両陛下が深く傷つかれているという指摘がありましたが、その点については、まさに妃殿下ご自身が深く傷つかれているということです。妃殿下は皇室の伝統もご公務も大切に考えておられ、それらを充分に行う事が出来るように治療に努めておられます(原文ママ)」
宮内庁の焦燥感は雅子妃の回復に水を差すようなものだった。

今週はこれで終わりです。……誤字タイプミスお許しください。真面目に一回読んで…脱力…
(私はこの連載以外に、こんな酷い言い訳だらけのみっともない惨めな文章をお金を出してまで読んだ事は、過去一度もありません。)


いきなりですが、引越しがご負担だったんですか!(ひぃぃ~)
もう、東宮御所の改修をしなければよかったんですよね。
この改修当時には、八幡和郎氏が「病気で長期欠勤の役員の社宅を建て替えるのは非常識」と指摘されていたそうです。(八幡氏あっぱれ!)

ドタ出・ドタキャンの言い訳も続く続く!
病名は発表しません、
医師団の会見は守秘義務があるからしません、
病気なので説明はしません、好きな事はします、と延々に続いていくわけです。(呆)
これで、立后ですか。


そうそう。
あの絶妙なチャールズ皇太子の写真の話題が出ましたね!
チャールズ皇太子ご夫妻が公賓で来日されたあの時には、夕食会にご招待されたのでした。
注)晩餐会ではなく、東宮御所での夕食会のこと。
ブータン国王夫妻が国賓で新婚旅行先として来日された時には、
挨拶にも行かれず、愛子さまの学校へ送り迎えなさってましたよね!!
寄付だけでなく被災地へも訪問して下さったというのに。
すぐそこにいらっしゃるというのに。
選り好み公務、ここにあり。
公平無私ではない皇太子妃が皇后になれば、どんなことになるんでしょうか。


それにしてもびっくりしたことは。
とうとうメキシコ大統領夫妻までもが他罰対象になっているということ。
>筆者が驚いたのは11月10日、国賓歓迎行事にご出席された事。
>雅子妃のご病気のきっかけの一つではないかと言われたメキシコ大統領夫妻の来日以来、5年ぶりのご出席。

これでは、まるで大統領に落ち度があって、雅子さまが病気になったかのような言い方ですよね。
皇族としてこんな言い方や考え方をするなんて、有り得ません。
なんて失礼なんでしょうか。

さて。しつこくまた蒸し返したメキシコ大統領夫妻の来日時に何があったかというと。
メキシコ大統領が雅子さまに対して握手せずに秋篠宮殿下と挨拶された、というもの。

実は。雅子さまが手を差し出さなかったために、
メキシコ大統領は男性は女性が手を出さないのに手を握りに行ってはいけないという礼儀通りに会釈、
それから、秋篠宮殿下と挨拶をされ、礼儀通り手を出された秋篠宮妃殿下とも握手。
その後も女性も手を差し出されて次々と握手とご挨拶をされていったのでした。
メキシコ大統領夫妻の来日時の写真。

エリート外交官でいらっしゃったらしいのに、どういうことなんでしょうか。
自らの恥を大統領のせいにするという他罰感情は、どういうことなんでしょうか。

いやほんと、怖いですよねぇ、この物語。(ふうぅっっ)



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by Lisa_cerise | 2013-11-22 21:46 | 東宮家。雅子さま。

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