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プリンセス妄想物語。

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今週も他罰全開ですが、
これが雅子さまの主張だそうです。

↓以下、早読みレポを転載させて頂きます。----------
今週のザ・プリンセス雅子妃物語
雅子妃は、朝日が射す机に座られて(原文ママ)、一日の始まりのお気持ちをノートに書き留められる事がある。
今のお気持ち、嫌だと思われる事、嬉しいと思われた事を記され、次はどうしてそのように思われたのか考えられる。
お気持ちをどう切り替えれば次へと繋げられるのか…気持ちを客観視するという治療法の一つである。
この方法はとてもロジカル。雅子妃のように勤勉で元来精神的健康度が高いと言われているご性格に向いていた。
前年はご体調が上向きでメディアからは「完全復活」と言われていた雅子妃であったが2008年の新年行事には
一部しかお出ましに慣れなかったが八代行啓の一つに「国民体育大会冬期大会」に5年ぶりにご出席される事を
大きな目標とされていて、さらに自己管理をお続けに。
愛子内親王の子育て、現段階でこなせるご公務を並行しながらも次の木のために時間をかけ、お気持ちと体調を整えなければ
ならなかった。ご療養中の雅子妃にはこれは大変な事だと言われていた。少しずつでも公務をこなす事が
東宮費としての自信回復に繋がる。しかしすべてのプログラムをこなすのは難しいので、主催者側がそれを納得してくれる所に
お出ましに。皇室の中では適応障害を完治させるというのは周囲が思うほど簡単な事ではなかった。
皇后陛下が年末年始のご公務をすべてこなされているお姿に対し、治療の一環といえども雅子妃が外食や
イルミネーション見学など私的活動をなさり、メディアから批判される事を宮内庁幹部達は苦々しく思っていた。
その上、新年行事も一部だけの出席だけとなると両陛下のご心労はいかばかりかと慮っていたのだった。
1月16日金澤医務主管。「皇后陛下が起床時に何度かめまいを感じられた」と発表。(皇后陛下は06年にもめまいを訴えられていた。)
天皇陛下も03年に前立腺ガンの手術を受けられ、ホルモン治療中であり、両陛下に少しでもご心労をおかけしたくはないというのは、側近の宮内庁幹部としては当たり前の事だろう。
だが、雅子妃のご療養から表面化した皇室の混迷の原因をすべて交代しご夫妻に結びつけるというのはいかがなものであろうか。
両陛下を守りたいがために両殿下への不満を宮内庁内部の情報としてメディアに流し、雅子妃批判を生んでいるとするならば皇室全体の繁栄からすれば本末転倒である。
客観性を失っていた宮内庁幹部の怒りはこの年、最も公の場で表現される事となった。翌日17日、野村東宮大夫は一泊二日の長野行啓を発表。雅子妃の体調をギリギリまで見守ったので一週間前の発表となる。この時雅子妃は皇后陛下が体調不良でいらっしゃるため、一層頑張らなくてはならないという格別の思いがあった。
ご出発の前日週刊誌に<雅子さまと小和田夫妻「元日おせち事件」>という記事が載った(週刊文春)。
ないようは雅子妃が新年祝賀行事を早退されて、ご両親の小和田夫妻や妹一家とおせち料理を囲んでいたというもの。
東宮職は会見で「皇太子妃殿下は元日に宮殿で新年行事が続いている間にご親族と過ごされた事実はない。
東宮御所で小和田家のご両親と昼食をともにされたということもありません」と完全否定。
続けて正田夫妻が東宮御所へ食事に招かれた事は一度もなかったという点についても、
「昭和天皇の時代、正田ご夫妻がお正月に東宮御所で当時の皇太子同妃両殿下とお食事されるということはたしかになかったが両殿下それぞれのお誕生日に際しては、お招きにより東宮御所に上がられ、殿下がたとお食事を共にされていた」と説明。
1月25日、皇太子ご夫妻は国民体育大会冬期大会」にご出席。雅子妃は白のハーフコートにスラックス。
同級生「雅子妃はメディアで批判記事が多く書かれていたので国民や報道陣から人気がないと自信をなくされていたのです。
沿道の歓声にはとても勇気づけられるとおっしゃっていました」ご夫妻は小布施町を訪ね「北斎館」視察。
レストランにも急遽立ち寄られた。
宮内記者「特産品の栗の樹が敷き詰められていた『栗の小径』を散策されていた両殿下は仲睦まじいご様子で。
妃殿下は地元の人たちの話に興味不覚耳を傾けられ、何度も『素晴らしいですね』と答えられていました。
子供達に童話『手袋を買いに』の読み聞かせのボランティアをしている女性には『愛子の幼稚園でも人形劇でやりました』とお話しされていた」
翌日国体の開会式にご出席。終了後は選手達を激励されたり質問に答えられた理解勝つに振る舞われていた。
しかしその2時間後に雅子妃にお疲れが出て、午後からのフィギュアスケート観戦は直前でお取りやめに。
同行していた主治医の大野裕慶応大教授の判断だった。「お元気そうだと思っていてもご体調が急に悪くなる。
病気の根の深さが感じられた。(宮内記者)」
この日帰京されたが、雅子妃はいつもと変わらない笑顔で歓声に応えられていた。
2月13日、羽毛田宮内庁長官は悲壮な面持ちで定例会見に。
「皇太子殿下は2月23日がお誕生日です。昨年の誕生日会見でのご発言に鑑みてお話しします」と切り出した。
陛下が愛子様と「会う機会が少なく残念」と述べられた事を受けて同年2月に皇太子が「両陛下とお会いする機会を作っていきたい」 と話された経緯を説明した。その上でそれから一年が経過したのにも関わらず、参内は年に2、3回。依然としてその機会は増えていないと指摘したのであった。「殿下ご自身が記者会見でご発言になった事なので大切になさって頂ければと思う」
長官は「発言は私自身の気持ちとして申し上げた」という個人的な見解であると強調したが、
宮内庁長官という皇族にお仕えする身では勝手に判断して違憲をする事は考えにくい事であった。
「長官が願い出て、両陛下の許可をもらったというより、両陛下が発言して欲しいという御意志を示されたのでは?(宮内記者)」
長官は両陛下のお気持ちを尋ねられると「どうしたんだろうとご心配なさっておられるのは間違いないと思います」
「すでに東宮職にも話しましたし、殿下にもお話しいたしました」と語った。長官の言葉に皇太子は一言、
「努力したい」と述べられた事も明らかにした。
長官の会見は不可解である。最大の疑問はすでに皇太子と直接お会いしてお互いの意思を確認済みであった。
なのにどうして会見で明かさねばならなかったのか。陛下が皇太子時代に宮内庁長官から会見で苦言を呈される事はなかったという。
皇太子の「人格否定発言」から四年。月日は流れていても尾を引いているかのように見えた。
2日後、野村東宮大夫は「東宮職としては(長官の)言われた事をふまえつつ対処します」と憮然と回答。
長官の会見から6日後、幸田氏はお一人で御所に上がられ、両陛下とお食事をともにされる。
21日皇太子の48歳の誕生日の会見。その表情は冷静。羽毛田長官の苦言については次のように述べられる。
「両陛下の愛子に対するお心配りは,本当に常に有り難く感謝を申し上げております。
御所に参内する頻度についてもできる限り心掛けてまいりたいと思っております。家族のプライベートな事柄ですので, これ以上立ち入ってお話しをするのは差し控えたいと思います。」
宮内記者達は肩すかしをされた気分だったという。長官発言後に御所に参内されたのは苦言が話題になったからかと質問が繰り返されるが皇太子は変わらぬご表情で
「今もお話しましたように,これは本当に家族の内の事柄ですので,
こういった場所での発言は差し控えたいというふうに私は思っております。」と沈黙を貫かれた。
会見で唯一明るい話題は愛子さまのご成長ぶりだった。
「愛子と一緒に手を洗っているときに,私が手に石鹸(せっけん)を付けている間に,水を出しっぱなしにしてしまい, 愛子に水を止めるように注意されたことがあります。」
皇太子は23日の誕生日の午前中にもお一人で御所に上がられ、午後は東宮御所で開かれた内宴でも両陛下と顔を合わせられた。
2日後、金澤医務主管は両陛下の健康問題を発表。
宮内関係者や記者達は長官の発言は両陛下の健康問題が背景にあったからではないかと感じた。
長官は次の会見(28日)で前回の発言を「苦言ではない」としながらも「参内回数だけではなく、そういう事に関する殿下のご発言を大切にして頂ければ」と愛子さまの参内にとどまらず、皇太子の様々な発言に執拗に言及。皇太子が会見で「家族の内の事柄」と言われ、ようやくおさまりかけていた所への2回目の長官発言でまた波紋が広がった。
3月2日、皇太子が両陛下を「梅見」に東宮御所へご招待。両陛下と皇太子ご一家は一緒に散策後、昼食を共にされた。
4月10日、愛子様学習院初等科にご入学。両陛下の49回目の結婚記念日でもあったため2日後に東宮御所でお祝いの夕食会が開かれる。
皇太子ご一家、秋篠宮ご一家、黒田清子さん、慶樹さんご夫妻が揃われて和やかなひと時を。
さらに5月、両陛下が皇居で粟の種もみをまかれた。愛子さまもお手伝いをなさった。
そんなご様子を見ていると、あの長官の真意は謎のままだ。両陛下と皇太子ご一家の交流が増えたことは事実であるのに。
雅子妃はご体調がよく、お忙しい毎日を過ごされていた事で私的外出をするとは、ほとんど無くなっていた。
東宮後署内では勤労奉仕団と人事異動者へのご会釈。ご進講などの公務に出席されていた。
その合間に愛子さまの保護者面談、授業参観にもご参加されていた。
この頃北京五輪、ブラジル、スペインなどを訪問されるのではないかとメディアは憶測。
しかし雅子妃のご体調は海外訪問が出来るほどまでには回復されてはいなかった。
皇太子のブラジル訪問中の6月23日、雅子妃の定期検診日だったが、体調不良からこれをキャンセルされた。
東宮職側が憶測を懸念し「オフレコにして欲しい」と宮内庁記者に要請。
それがかえって、「雅子妃のお体はとても悪いのではないか」というあらぬ憶測を呼んでしまっていた。
その定期検診へのご欠席がまさか、その年12月の雅子妃の45歳の誕生日に宮内庁幹部たちから蒸し返されようとは、想像しなかった。

※詳細は原文をあたって下さい。
↑----------ここまで


このところ、宮内庁やマスコミが東宮夫妻を責めらて傷付きました、
それは両陛下の体調不良のせいなのに、という主張が続いています。
両親の病気を心配する気配もなく、
よくもまぁこれだけ書けるものだと呆れ果てます。

それから。
↓怪しい日本語使いの雅子さま風な表現もしっかりとあります。
『元来精神的健康度が高い』ご性格て。(呆)

もちろん、
↓トモノー氏が東宮御所でその場にいたかのような内容も。
『朝日が射す机に座られて』ですよ(笑)
机に座られる?んですかねぇ。
それにしても、普通は夜に一日の終わりとして書くのでは?って思うのですが。
『朝日が射す頃に一日の始まりにお気持ちを書き留められる雅子さま』のところは、
昼夜逆転の雅子さま、午前8時を過ぎてからお休みになるそうですから、
これは『朝日が射す頃に一日の終わりにお気持ちを書きとめられた』のでしょう。

↓ここでは、雅子さまの性格が何気に出てます。
>今のお気持ち、嫌だと思われる事、嬉しいと思われた事を記され、次はどうしてそのように思われたのか考えられる。
嬉しいと思う事よりも嫌だと思う事の方が先なんですね。
嫌だと思う事ばかりだから!という雅子さまの気持ちなんでしょうけど、他罰感情が酷すぎるんですよね。
それに。普通は嬉しい事を先に記すもの、ではないでしょうか?
こういうちょっとしたところにも、雅子さま的日本語が使われているのも特徴の一つ。

いろいろ、暴露があったりもする、妄想物語。
これだから、無視できないんですよねぇ。

ばかばかしいお話ですが・・・。


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by Lisa_cerise | 2013-11-15 23:52 | 東宮家。雅子さま。

日本人の心を大切に          ・・・Lisa


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