他罰全開の妄想物語。

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週刊文春で謎の連載継続中の妄想物語。
雅子さま本人やその場に居た人しか知りえない内容が延々と書かれているので、
トモノーが東宮御所でベッタリと一緒に住むか、
雅子さまが口承でトモノーに書かせているのでは、と言われているもの。
基本的に「雅子さまは悪くない!悪いのは○○!!」というスタンスなので、
読むと一瞬にして気力体力が奪われるこの妄想物語。
週刊文春の中でも、その誌面のみのお買い上げで妄想が綴られているからか、
他の記事との齟齬が生じることもしばしば。

もちろん、今週もこんな感じで。
 ↓
>なかでも12月28日の「ロオジエ」での会食は“深夜の饗宴”とまで言われた。
”深夜の饗宴”は、週刊文春での記事の見出し。
同じ雑誌の過去の記事の批判をしてどうするの?(笑)
この言い訳は、動物病院の獣医と家族からの招待されたものだとか、
『夜が遅いから批判された』かのように書かれていますが、
実は『同じ日に予定されていた皇居での餅つきを体調の波で欠席しておきながら、「ロオジエ」で会食したから批判の的だった』というもの。
事実には一切触れないで、ちゃっかり話のすり替えをしながら、こうして、妄想物語は進んでいくわけです。

今週の妄想物語は、『国連大学にベット付き個室を用意させて足繁く通っていた時期』のもの。
ちょうど、蒲田氏が『国連大学に雅子妃外交研究所を作る』という話が出ているところなので、ご紹介。

↓以下、早読みレポを転載させて頂きます。----------
2007年、雅子妃静養4年目。外国訪問が期待される年となった。しかし治療のための私的活動が増えた事から批判を浴びた。
雅子妃が療養中であるという事は忘れられてしまい、「遊んでばかり」といった誤ったイメージ(原文ママ)が定着していった。宮内庁は静観したまま。
雅子妃がここまで批判をされているというのに、本気で諌めようとしていると感じられなかった。
04年の人格否定発言について天皇陛下のお言葉「報道の多くが家族の問題に関する憶測ならば、一つ一つに釈明する事が国のためになるとは思われない。宮内庁がその弁明のために労を費やす事は望まず、今は沈黙を守って構わない」
宮内庁はこの言葉を背景に雅子妃を擁護する体制はないまま。(東宮職にはあった。)

6月29日、野村東宮大夫会見「妃殿下におかれましては活動は増えていて随分と頑張っていらっしゃる印象」と前向き。
前年までは次の予定までに一週間以上間が空いた。この頃は5日以上予定があいた事はあまりなかった。
愛子内親王の送迎もずっと続けられていた。大夫「本日、宮さまが初めて山手線にお乗りになりました」と語った。
事前に知らされていない宮内記者達は驚いた。バスの時はメディアに情報が漏れてしまったために今回は東宮職も情報管理には気を配った。愛子様は自然な形での乗車体験をする事が出来たのだった。
「愛子さまは電車や駅の様子が珍しい御様子で、辺りをきょろきょろ見回されては妃殿下に話しかけられていたという。
今回はSuicaを使われた。あるテレビ局は撮影に成功。その日のうちに放送していた(宮内記者)」
5歳に成長された愛子さまは7月位はお泊まり保育にも参加。この日の夜は雅子妃はお一人で東宮御所で過ごされた。
このとき皇太子はお一人でモンゴルをご訪問。雅子妃にとっては長い夜だった事だろう。
夏には両陛下が伊豆半島の須崎でお過ごしになるというご予定を立てていた事から皇太子ご一家はご一緒される事を願い出たと言う。実現すれば5年ぶり。だが結局両陛下は御所で静かに休まれる事をご希望。適わなかった。その後の須崎御用邸での静養もお互いの予定などからすれ違いに。

21日から愛子様は夏休み。妃殿下は80人の子供を東宮御所に招待。「子供会」を幾度か開かれた。
子供達が笑顔で楽しめるイベントとして毎年開催
された。愛子さまには忘れられない思い出となった。
8月10日、ご一家は夕食の買いのために御所に上がられた。11日雅子妃は愛子様とご一緒に「東京湾大華火祭」をご鑑賞。
その翌日は外務省北米第二か時代の仲間とメキシコ料理の夕食会にご参加
された。
「雅子様は愛子さまをご出産されてから体調を崩されて、友人や同僚に会われる事があまりなかった。
沢山の心配を頂いたのに直接お礼を言えなかった事を心苦しく思われていたので、食事会にご参加された。
大変スケジュールの調整が難しく、何か月もかかってようやく実現した会だった(東宮関係者)。」

後に、この会に参加した女性職員がヨーロッパへ転勤する事が決まった。雅子妃は再びお会いになり激励されたという。

13日、雅子妃はご進講のためご参内。「堀河天皇900年式年祭の儀」に雅子妃はまだ参加する事が出来なかったがご進講だけでもというお気持ちが強かったため。終了後両陛下とご昼食も共にされた。
17日から10日間、那須御用邸で静養。雅子妃は愛子様の夏の思い出作りに精力的だった。
那須でのお元気そうな御様子が公務への本格復帰が近いのでは?と期待を高めさせていく。最初の動きは那須から帰京された2日後。「第19回全国農業青年交換大会」だったが当日の朝になって雅子妃もご出席されるかもしれないという情報が宮内記者会を駆け巡る。ようやく昼頃になって東宮職から「当初の予定通り殿下お一人でのご出席」と発表。
「妃殿下は公務にお出ましになりたいという前向きなお気持ちが強くおありだった。しかし体力的にお疲れが残っていたのではないかと言われました(宮内記者)」妃殿下はご回復に向け、実現しやすい所からお出ましされたが、予定が続くとお疲れに。

一歩ずつ歩む他はない。しかし周囲にはそれが歯がゆくうつってしまう。というのも記録的な猛暑の中、陛下と皇后陛下は代わらず公務をなさっていたからだ。公務の多寡で両陛下と皇太子ご一家を比較する捉え方はこの頃からメディアで見られるように。
雅子妃がお元気になられた兆しがあったからこそ公務へのご出席がギリギリまで検討されるようになったのに、スムースにいかなければ直前での中止となり「ドタキャン」として帰って目立ってしまう。
9月には行ってからも「BBS運動発足60周年記念式典」へのご出席は当日まで検討されたがとりやめとなる。
「この二日前には皇太子ご一家で両国国技館で相撲観戦をなさっていたのに。
記者の中には雅子妃に振り回されていると感じる人がいた(宮内記者)」。
雅子妃のご回復のためには必然的な過程だったが、迎える側やメディアには準備が無駄になるケースも。
次第に批判が生まれてった。9月の雅子妃のご予定はびっしりと詰まっていた。一般には見えない皇室内のお出ましも増えた。
「9月5日、皇族議員の選挙にご参加。9日の法曹テニス会では愛子様とお出ましされ皇太子殿下を応援。翌日は国連大学。11日には紀子妃殿下の誕生日の夕食会に出席。14日は学習院幼稚園の行事に小和田優美子さんとご参加。16日には皇居での陛下が育てられた稲のお手刈りを手伝われた。19日には大使の接見や皇宮護衛官に御会釈もなさった。国立科学博物館にもお出かけになった(東宮職関係者)。」
10月には母校の田園調布雙葉学園時代の友人達との昼食会では髪型を変えてご参加。
肩まで下ろされていたスタイルを両サイドから後ろに束ねられて印象的。
これは愛子さまが、ご一緒に髪を伸ばされる事をご希望されたからだそうだ。(原文ママ)

10月20日、皇后陛下のお誕生日。同日付けの米紙ニューヨークタイムスに三笠宮寛仁親王殿下のインタビュー記事が。
アルコール依存症やがん再発の背景に「ストレス」があったと発言。
<物心がついてからと言うもの、私は皇族として常にストレスを感じ続けてきました。皇室はいわばストレスの塊のようなものだと思います>皇太子の人格否定発言については「人格否定発言の騒動に巻き込まれ」て皇太子に長い手紙を書いた事を明かされた。
<私の手紙に礼を述べた内容の返事しかなかった。もしこちらの求めに応じてくれたのなら、いくらか前に進めたでしょう>と無念さが感じられた。記事の終わりごろに<皇族と一般人のどちらが幸せかという質問には答えは出せないのです>と述べられた。
掲載日が皇后陛下のお誕生日だったのは寛仁親王のご希望であったという。
雅子妃は活発に動かれていた。外国訪問の候補地として上がっていたのはドイツとブラジルであった。
しかし10月22日、ブラジルへは皇太子お一人で訪問。実のところ、当面の目標は国内公務を連続でこなす事。外国訪問などは水面下で動く事もなかったのである。この時4年ぶりの2泊3日の泊まりがけ公務が発表された。
慎重な体調管理によってこの公務は実現した。26日、ベージュのツーピース姿の雅子妃。沿道からは旗が振られ「雅子さま!」という歓声が上がる。開会式でご登場されたご夫妻にスポットライトが。雅子妃は一瞬顔をこわばらせた。
しかし初日は皇太子と同じ日程をすべてこなされた。
「日程はゆっくりと組まれていて、ご休憩をかねた食事は毎回ホテルで取られるなどされていた。地元のテレビ局の撮影クルーが妃殿下の側に来て撮影をしたときに、びくっと硬直して緊張なさっている様子だった。(宮内記者)」

晩秋から年末にかけては私的外出を続けられた。年末は恵比寿ガーデンプレイスでイルミネーションをご一家で観賞。
お友達親子へのクリスマスプレゼントを買いに代官山や銀座へお出かけに。さらに高級レストランで学習院幼稚園の母親達や小和田家、同級生達と会食もされた。
引きこもらず、外に出ての日常生活が回復に必須なのは言うまでもない(原文ママ)が、気軽にどこへでも行けないのが雅子妃のお立場。
慎重に手配したこうした外出が「公務を休んでいて高級レストランとは何事か!」という短絡的な批判に結びつく。
なかでも12月28日の「ロオジエ」での会食は“深夜の饗宴”とまで言われた。

もともと動物病院の獣医と家族からの招待だった。会食の開始時間が遅れた事から終了時間も延びただけだった。それなのにさも深夜まで遊びを楽しんでいると言うイメージを植え付ける悪意に満ちたものだった(元東宮職)」
外出をめぐる批判的な報道は海外メディアは奇異に感じていた。記事は外出を好意的に捉えていて「自己を解放出来る良い兆候」というものだった。
<日本のメディアは皇室に対する慎重と敬意を表したこれまでの抑制を経て、雅子妃に食ってかかっている。
同情は批難になり、寛容さが攻撃にかわった(タイムズ)>
海外からは冷静な見方がされていたのであった。

※詳細は原文をあたって下さい。
↑----------ここまで


いや、ほんと、これを原文で読むには根気と忍耐が必要なんですよね。
レポ奥様に感謝です。

それにしても。
この言い訳トンデモ妄想物語、どうして宮内庁からクレームが入らないまま、
連載を続けていられるでしょう?
不思議です。
・・・ってか、これ、いつまで続くんでしょう。



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by Lisa_cerise | 2013-11-08 23:25 | 東宮家。雅子さま。 | Trackback | Comments(0)

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