初繭掻

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日本書紀に5世紀雄略天皇が皇后に養蚕を勧めたという記述があり、
昭憲皇太后が途絶えていた皇室の養蚕を復活させて以来、
皇后による「ご親蚕」として受け継がれています。

↓以下参考のため引用------------------------------
皇后さま、繭を収穫される「いい繭になりました」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130529/imp13052912130001-n1.htm
2013.5.29 12:11
 皇后さまは29日、皇居内の紅葉山御養蚕所で蚕の繭を今年、初めて収穫する「初繭掻(はつまゆかき)」の作業をされた。皇后さまは、蔟(まぶし)と呼ばれる網にできた日本純産種の蚕「小石丸」の繭を手でかき出し、「いい繭になりました」と話された。ほかの品種の繭も収穫された。

 繭から取った糸で作った絹織物は、海外からの賓客への贈り物などに使われるという。
↑ここまで------------------------------------------


ご親蚕のニュースで、
皇后陛下が学習院初等科3年生の時の眞子さまに宛てたお手紙のことを思い出しました。
このお手紙、穏やかな時を分けて頂いたような気持ちになって、とてもほっこりとするのです。
昭憲皇太后の時代から代々伝えられてきたご養蚕というお仕事のこと、
一緒に蚕に桑の葉をやった思い出が綴られています。

↓以下参考のため引用------------------------------
読売新聞日曜版
2012年(平成24年)3月18日付
皇室ダイアリー No.139 皇后さま


孫に伝える「ばあば」の手紙

 しゅりしゃり、かさかさ、しゃりしゅり。
 皇居深くに立つ紅葉山御養蚕所で何万頭もの蚕が桑をはむ音は、どこか楽しげなリズム感を紡ぎ出す。皇后さまが育まれ、その高質の絹糸が正倉院宝物の復元に使われる日本純粋種「小石丸」たちの食欲は特に旺盛だ。古民家のたたずまいの養蚕所が震える気がするほどの輪唱で食べ続ける。
 今、皇居・三の丸尚蔵間館で皇后さまの喜寿を記念した特別展、「紅葉山御養蚕所と正倉院裂復元のその後」が開かれている(4月8日まで。月・金は休館)。
 小石丸で復元された正倉院宝物など約30点を鑑賞でき、皇后さまが、自身で作った伝統用具「わらまぶし」を使うなどして作業される様子もパネル展示されている。
 図録を手に取ると、温かなサプライズに出会える。皇后さまが、小学3年生だった頃の眞子さまに送られた手紙が載っているのだ。「眞子ちゃんは、ばあばがお蚕さんの仕事をする時、よくいっしょにご養蚕所にいきましたね」とはじまる孫への手紙には、養蚕が、「眞子ちゃんのおじじ様(天皇陛下)のひいおばば様の昭憲皇太后様」の時代から代々伝えられてきたことや、一緒に桑の葉をやった思い出がつづられている。例年なら4月末頃に桑摘みが始まる。       (編集委員 小松夏樹)
↑ここまで------------------------------------------

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皇后陛下が眞子様に宛てた手紙
(学校の授業で「お年寄りの世代が行っていた手仕事について調べよう」という宿題を出された眞子さまの質問に答える形で。)


眞子ちゃんへ
 眞子ちゃんは、ばあばがお蚕さんの仕事をする時、よくいっしょに紅葉山のご養蚕所にいきましたね。
今はばあばが養蚕のお仕事をしていますが、このお仕事は、眞子ちゃんのおじじ様のひいおばば様の
昭憲皇太后様、おばば様の貞明皇后様、そしてお母様でいらっしゃる香淳皇后様と、
明治、大正、昭和という三つの時代をとおってばあばにつたえられたお仕事です。
 眞子ちゃんは紅葉山で見たいろいろの道具を覚えているかしら。
蚕棚の中の竹であんだ平たい飼育かごをひとつずつ取り出して、その中にいるたくさんの蚕に桑の葉をやりましたね。
蚕が大きくなって、桑をたくさん食べるようになって桑をたくさん食べるようになってからは、
二かいにあるもっと深い、大きな木の枠のようなものの中に移して、
こんどは葉のいっぱいついた太い桑のえだを、そのまま蚕の上においてやしないましたね。
しばらくすると、見えない下のほうから蚕が葉を食べるよい音が聞こえてきたのをおぼえているでしょう。
耳をすませないと聞こえないくらいの小さい音ですが、ばあばは蚕が桑の葉を食べる音がとてもすきです。

 蚕はどうしてか一匹、二匹とはいわず、馬をかぞえるように一頭、二頭と数えることを眞子ちゃんはごぞんじでしたか?
あのとき、眞子ちゃんといっしょに給桑をした二かいの部屋には、たしか十二万頭ほどの蚕がいたはずです。
眞子ちゃんはもう、万という数字を習いましたか?少しけんとうのつかない大きな数ですが、
たくさんたくさんの蚕があそこにいて、その一つ一つが白や黄色の美しいまゆを作ります。
 きょねんとおととしは眞子ちゃんも自分で飼ったので、蚕が何日かごとに皮をぬいだり、
眠ったりしながらだんだん大きくなり、四回目ぐらいの眠りのあと、口から糸を出して
自分の体のまわりにまゆを作っていくところを見たでしょう。きょねんはご養蚕所の主任さんが、
眞子ちゃんのためにボール紙で小さなまぶしを作って下さったので、蚕が糸をはきはじめたら、
すぐにそのまぶしに入れましたね。

蚕は時が来るとどこででもまゆになりますが、まぶしの中だと安心して、良い形のしっかりとしたまゆを作るようです。
まぶしには、いろいろな種類があり、山をならべたような形の、
わらやプラスチックのまぶしの中にできたまゆは手でとりだしますが、
眞子ちゃんが作っていただいたような回転まぶしの中のまゆは、わくの上において、
木でできたくしのような形の道具で上からおして出すのでしたね。
さくねんは、ひいおばば様のお喪中で蚕さんのお仕事が一緒にできませんでしたが、
おととし眞子ちゃんはこのまゆかきの仕事をずいぶん長い時間てつだって下さり、
ばあばは眞子ちゃんはたいそうはたらき者だと思いました。
サクッサクッと一回ごとによい音がして、だんだん仕事がリズムにのってきて・・・
また、今年もできましたらお母様と佳子ちゃんとおてつだいにいらして下さい。
 蚕は、始めから今のようであったのではなく、長い長い間に、人がすこしずつ、
よい糸がとれるような虫を作り上げてきたものです。眉のそせんは自然の中に生きており、
まゆももっとザクザクとした目のあらいものだったでしょう。
人間は生き物を作ることはできませんが、野生のものを少しずつ人間の生活の役に立つように
変えるくふうをずっと続けてきたのです。野原に住んでいた野生の鳥から、
人間が鶏をつくったお話も、きっとそのうちにお父様がしてくださると思います。

蚕の始まりを教えてくれる「おしらさま」のお話を眞子ちゃんは、もう読んだかしら。
ばあばは蚕のことでいつか眞子ちゃんにお見せしたいなと思っている本があります。
 女の方がご自分のことを書いている本で、その中に、四年生くらいのころ、おばあ様の養蚕の
お手伝いをしていた時のお話がでてきます。まだ字などが少しむづかしいので、
中学生くらいになったらお見せいたしましょう。
 この間、昔のことや家で使っている古い道具についてお話してとおたのまれしていましたのに、
暮れとお正月にゆっくりとお会いすることができませんでしたので、思いついたことを書いてお届けいたします。
今は蚕さんはおりませんが、もう一度場所や道具をごらんになるようでしたら、どうぞいらっしゃいませ。
たいそう寒いので、スキーに行く時のように温かにしていらっしゃい。
ごきげんよう
                            ばあば
眞子様
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by Lisa_cerise | 2013-05-30 00:02 | 皇室 | Trackback | Comments(0)

日本人の心を大切に          ・・・Lisa


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