トルコから121年前の恩返しです。

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このお話はご存知ですか?

私達関西人はこの昔の事故を知っているのですが、
親日国家からの有難い援助を、
ちっともマスコミって伝えてくれませんよね。
東日本大震災の時の台湾からの有難い援助の時も・・・。
このソースもスポーツ新聞からです。

↓以下参照のため引用-----------------------
トルコから和歌山へ 121年分の恩返し
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20110918-836855.html

 121年前の恩返しが、和歌山県の復興を後押しする。1890年(明23)に同県串本町沖でトルコ船「エルトゥールル」が沈没し、地元住民に救助されて以来、トルコは日本との友好関係を継続。台風12号による紀伊半島豪雨を受け、都内のトルコ寺院を救援物資の集積所として提供している。トルコ大使館は、今後の人的・物的支援を予定。東京・六本木のトルコ料理店は、和歌山県内の被災地で出店する意向を示すなど、支援の輪が広がり始めている。

 トルコ寺院「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」の地下室には、下着や衣類、紙オムツ、即席ラーメンが入った段ボールが積まれていた。台風12号の被災地は、個人からの少量の支援物資を受け付けていないため、全国からの小口荷物をいったん、同寺院に集積。大口荷物にして、第1便の4トントラックを13日に和歌山県庁に送った。

 20日にも第2便が和歌山に向かう予定。支援活動の担当者は「トルコと縁の深い串本町は、比較的被害が少ないため、和歌山県庁で状況に応じた配分をしてもらうつもり」と話した。

 トルコと日本の絆は、121年もつながっている。初のトルコ使節団を乗せた軍艦エルトゥールル号は、1890年6月に横浜港に到着。同9月にトルコに向かって出港したが、台風による荒天で和歌山県串本町沖の紀伊大島で座礁、沈没。乗組員約600人が死亡する大惨事になったが、島民の献身的な活動で約70人を救助。手厚く看護し、日本の船でトルコへ送った。トルコはこの恩義を忘れず、今回の紀伊半島豪雨でも、串本町を含めた和歌山県の支援に乗りだした。

 トルコ大使館文化広報参事官室の大森正光氏(33)は「困った時に助け合うのが、真の友。トルコも自然災害が多く、共感する気持ちがある。今後は物資だけでなく、人的支援も含めて継続的に和歌山県をサポートしたい」と話した。1985年(昭60)のイラン・イラク戦争では、トルコ政府が日本人救出のための特別機を飛ばし、イランからトルコへの脱出をアシスト。99年のトルコ北西部地震では、日本がいち早く救援隊を送るなど、相互救助の歴史を積み重ねている。

 東京・六本木のトルコ料理店「デニズ」は、要請があれば、被災地で出店する意向を持っている。店員のトルコ人カヤ・ハリルさん(34)は「出店でも何でも、力になれることがあれば手伝いたい。トルコ料理はおいしいし、日本人の口に合うと思う」と話し、地元の肉料理「ケバブ」を勧めた。両国の相思相愛の関係は、復興支援という具体的な形になろうとしている。【柴田寛人】

 [2011年9月18日8時45分 紙面から]
↑ここまで。--------------------------------

トルコは、
イラン・イラク戦争時にも、
日本人216名がテヘランから脱出が出来なかった危機を、
トルコ航空からの2機によって救って下さったんですよね。

これもエルトゥールル号の事故の時の、
日本人の献身的な救助活動への恩返しと聞きました。

トルコでは、エルトゥールル号の事故は学校で習うから、
子供達も知っているそうです。
受けた恩を忘れないトルコの方々に感謝です。

和歌山は、台風15号が来ているので、まだまだ大変です。
ずっと気象情報が流れて不安な中での、
親日国家のお話は心が温まります。

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by Lisa_cerise | 2011-09-20 23:53 | 日本への思い | Trackback | Comments(0)

日本人の心を大切に          ・・・Lisa


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